むし歯が進行すると、歯の神経を取る必要があると聞いたことがありませんか? 一般的には根管治療と呼ばれるこの処置は、むし歯や外傷によって歯髄(しずい)が感染・炎症を起こした際に必要となります。痛みを軽減し、自然な歯を保存するために行われる根管治療ですが、治療方法や費用、メリット・デメリットについて正しく理解することが重要です。本記事では、歯の神経を取る治療の具体的な内容から費用の目安、治療を選ぶ際のポイントまで詳しく解説します。
歯の神経について
ここではまず、歯の神経についての概要と、その役割について説明します。
歯髄とは
歯髄は歯の内部にあり、神経や血管が含まれた組織のことをいいます。歯の構造は、外側を硬いエナメル質で覆われ、その内側に象牙質があり、さらにその奥には歯髄と呼ばれる組織が存在します。一般的に歯の神経を取るという処置は、この歯髄を取り除く処置のことを指しています。
歯髄の役割
歯髄には神経と血管が通っており、血液は歯に栄養や酸素を供給する役割を担っており、具体的には、以下のような役割があります。
◎栄養や水分、酸素を歯に運ぶ役割
歯髄内の血管を通じて、酸素や水分、カルシウム、ミネラルなどの栄養が象牙質に供給されます。これにより歯質は強くなり、頑丈でツヤのある健康な歯が保たれます。
◎感覚や痛みを脳に伝える役割
歯の神経は、痛み、しみる感覚、温かさ、冷たさなど、歯の周囲や内部からの刺激を感知し、脳に感覚信号を送る役割を果たしています。もし、歯にトラブルが生じた場合、痛みや不快感として異常を感じます。この痛みを感じることで、むし歯や歯周病などの病気に気付き、対処することができるのです。
◎防御機能の役割
歯髄には外部からの防御機能の役割もあります。むし歯の細菌が歯の内部に侵入しようとするのを防いだり、外部の刺激から歯を守る役割も備わっています。
歯の神経を取った方がよいケース
むし歯が歯髄にまで進行すると、ズキズキとした痛みが生じるため、歯髄を取り除く治療が必要になることがあります。ここでは、具体的にどのような場合に神経を取ることが推奨されるのかを説明します。
むし歯が進行して歯髄に達している
むし歯が進行し、神経が通っている歯髄まで達した場合、神経を取る治療が行われます。むし歯菌によって歯髄に炎症が起こると、歯髄炎が発生して激しい痛みを伴います。
初期の段階では、冷たいものや甘いものに対して一時的な痛みを感じる程度ですが、むし歯が進行すると持続的な痛みや拍動性の痛みが現れることがあります。さらに進行すると、寝ている間も痛みで眠りから覚めることもあります。
治療をせずに痛みを我慢していると、痛みが治まることがありますが、その状態はすでに神経が腐敗している証拠です。抜歯が必要になることもありますので、我慢せず通院することが大切です。
知覚過敏の痛みが激しい
知覚過敏による痛みが激しい場合も、原因となっている歯の神経を取ることがあります。知覚過敏はむし歯ではありませんが、強い噛みしめや歯ブラシの過度な圧力、または加齢による歯肉の退縮などで象牙質が露出して痛みを引き起こします。 知覚過敏を軽減するためには、フッ素配合の歯磨き粉を使用することが推奨されます。また歯ブラシの際には、やわらかい毛先のものを使い優しい圧力で磨くことが大切です。 通常、知覚過敏の痛みは一過性であり、数秒で痛みが治まることがほとんどです。そのため神経を取る治療が行われることは稀ですが、痛みが持続的である場合には神経を取り除くことも検討されます。
歯に亀裂が入っている
歯にヒビが入り、その亀裂が歯の神経にまで達している場合、神経を取る必要があります。ヒビから細菌が入りこみ歯根に炎症を引き起こして膿が出る場合にも、神経を取り除く治療が必要になります。
歯の神経を取る治療方法
ここでは、歯の神経を取る根管治療の具体的な方法について解説します。むし歯の原因菌が歯髄にまで達すると、歯がズキズキと痛み、顔が腫れることがあります。自然治癒することはなく、放置すれば歯の内部や骨が溶ける可能性があります。むし歯が進行してこうした状況になった場合、歯の内部に侵入した細菌を除去し、痛みや腫れなどの症状を緩和する根管治療が行われます。
以下に、主な治療方法を解説します。
抜髄(ばつずい)
抜髄とは、歯髄炎が起こった歯髄を取り除く根管治療のことです。痛みを含む症状を改善するために、炎症を起こした歯髄を取り除きます。歯髄炎の原因は、むし歯や不正咬合(噛み合わせが悪いこと)、知覚過敏などによって持続的に歯髄が刺激されることで、歯髄炎が発生して痛みが生じます。
感染根管治療
感染根管治療とは、歯髄炎が進行して歯根の先端にまで溜まった膿を清掃して汚れを取り除く治療です。歯髄炎が進行すると、壊死した歯髄が歯根の先に膿が溜まることがあります。この場合、壊死した歯髄だけでなく、その周囲の汚れた歯根を同時に清掃する必要があります。感染根管治療によって汚れを除去することで、溜まった膿は自然に消失します。
再根管治療
再根管治療とは、根管治療を行なった後、再び炎症が発生した際に行われる治療です。歯根に残ってしまった細菌が繁殖してしまい治療が必要となります。再根管治療では、前回の治療時に詰めた詰め物を取り除き、根管内で繁殖してしまった細菌や汚れを清掃します。再根管治療でも、症状が改善せず繰り返し治療が必要となる場合は、歯肉を切開して、病巣を取り除く外科療法が必要になることがあります。
歯の神経を取る治療にかかる費用の目安
歯の神経を取る治療にかかる費用は、歯科クリニックや治療方法によって大きく異なります。ここでは、治療にかかる費用の目安を紹介します。
◎保険診療の場合
保険診療が適応される場合、3割負担の患者さんの治療費は、おおよそ5,000円から20,000円となります。 むし歯が神経にまで及んでいる場合は、神経を取り除いた後に土台を作って、かぶせもので治療をします。これらの治療は保険診療であっても、1本の歯につき1万円前後の費用がかかることがあります。また、根管治療では、歯根のなかをきれいに清掃するため、数回にわたり通院が必要となります。
◎自由診療の場合
自由診療を選択する場合、治療で使用する器具や材料によって費用は大きく異なります。高品質な材料を選べば、その分の費用も高くなるため、一般的には数万円から300,000円程度が相場とされています。
一方、保険診療は費用が抑えられるというメリットがありますが、治療内容に一定の制限が伴います。例えば、保険診療で使用される歯科用レジンは、経年により黄ばみが生じることがあります。また、保険適用の材料は、自由診療で使用されるセラミックなどの高品質な材料と比べて強度が劣るため、再治療のリスクが高まります。
費用は抑えられる一方で、見た目や耐久性に不安が残る場合があるのです。
このようなデメリットを避けたい場合に検討されるのが、自由診療です。自由診療では、治療内容に制限がないため、使用する器具や材料の選択肢が豊富です。そのため、治療費用は歯科医院によって大きく異なります。
よりこだわった仕上がりを追求する場合は、自由診療を選択するのも一つの手でしょう。高額になることもありますので、事前にしっかりと歯科医師の説明を聞き、納得したうえで治療に臨むことをおすすめします。
歯の神経を取るメリット
ここでは、歯の神経を取ることで得られるメリットを紹介します。
痛みの軽減
むし歯や損傷によって歯の神経が炎症を起こすと、とても強い痛みを感じることがあります。この痛みは、一時的に痛み止めで和らげることができても、根本的な解決にはなりません。神経を抜く治療は、この痛みを根本から軽減できるというメリットがあります。
感染拡大の防止
抜髄の大きなメリットは、細菌に感染した歯髄を取り除くことで、感染の拡大を防ぐことができる点です。歯髄炎が発生しても、歯髄が生きている間は、その細胞が持つ免疫機能によって、細菌の増殖はある程度抑えられます。しかし歯髄が壊死し、免疫機能が失われると、歯の根管内で細菌が急激に増殖します。
もし根管内で増殖した細菌が放置されると、歯を支えている顎の骨にまで感染が広がり、根尖性歯周炎と呼ばれる病気に発展することがあります。ここまで進行すると、骨が溶けてしまったり、重症の場合、抜歯が必要になることもあります。
歯髄が壊死する前に抜髄を行うことで、根管内での細菌増殖を防ぐことができます。
歯を残せる可能性が高まる
神経の炎症を放置して重症化すると壊死に至り、歯が崩壊して抜歯以外の治療法がなくなることが多く、歯を失うリスクが高まります。しかし、早期に神経を抜いて根管治療を行うことで、抜歯を回避し、歯を保存できる可能性が高まります。このように、歯を抜かずにそのまま残せることが、神経を抜く大きなメリットの一つといえます。
歯の神経を取るデメリット
次に、歯の神経を取ることで生じるデメリットについて解説します。
感覚がなくなる
神経を抜くと、歯に直接加わる刺激の感覚が失われます。その結果、冷たい飲食物や熱い飲食物に対する感受性が低下し、違和感が生じる場合があります。これが、神経を抜くことによるデメリットの一つです。また、痛みに気付かなくなるので歯が知らない間に悪化することもあります。
歯が脆くなる
神経を抜くことで、歯の強度が低下します。これは、神経が歯に血液や栄養を供給しているため。神経がなくなることで、十分な血液や栄養が届けられなくなるのです。神経を抜いて根管治療を行った後には、被せ物をして歯を保護しますが、神経を抜く前よりも歯がどうしても脆くなり、破折などのリスクが高まります。
歯が変色する場合がある
抜髄後に、歯が茶色や黒色に変色することがあります。これは、抜髄によって血管が失われ、歯の代謝能力が低下したことが原因と考えられます。代謝能力が失われると、歯の組織内に変性物が蓄積し、象牙細管と呼ばれる歯の内部を通る細い管に沈着することで、時間とともに変色が進むのです。変色した歯は、歯磨きだけでは白くならず、専用の治療が必要となります。
再治療が必要になることがある
抜髄を行っても、治療方法やそのときの状況により、再度根管治療が必要になることがあります。抜髄は、とても細かな歯の根の内部を治療するものです。歯髄が露出している部分は0.5mmにも満たないことが多く、肉眼での視認が難しいことも少なくありません。
根管治療が不完全だった場合、根管内に細菌が残ってしまうことがあります。この細菌が再び増殖し、再感染を引き起こすことがあるのです。また、治療後に歯にクラック(ひび割れ)が生じた場合も、細菌が再び侵入し、根管内で感染が再発するリスクが高まります。一度目の治療で適切に抜髄処置を行うことが、再治療のリスクを低下させる鍵となります。
また、再治療のリスクをできる限り抑えるためには、治療後も定期的に歯科医師のチェックを受けることが重要です。また、治療後のケアを怠らないことで、歯の健康を長期的に維持できる確率が高まります。
歯茎に痛みが出る可能性がある
抜髄してからしばらく経過した後に、歯茎に腫れや痛みが生じることがあります。これは、抜髄後にできた歯のなかの空間に菌が感染し、その菌が歯茎に到達することで、歯茎の腫れや痛みが引き起こされるためです。歯茎に菌が到達した場合、再度治療が必要になることがあり、場合によっては抜髄以上に大がかりな治療が必要になることもあります。
まとめ
むし歯が進行すると強い痛みを感じるようになり、こうした痛みの軽減に役立つのが歯の神経を取る治療です。さらなる感染防止や歯を残せるなどいくつかのメリットがある一方、少なからずデメリットも存在します。また治療にかかる費用も、保険診療か自由診療のどちらを選択するかで大きく異なることにも注目すべきでしょう。いずれにせよ、治療後に適切なケアを行うことで再治療のリスクを減らし、長期的な歯の健康を維持することが可能です。定期的な歯科検診と正しい口腔ケアを心がけ、健康な笑顔を保ちましょう。
参考文献