むし歯・歯周病・ケガなどで前歯を失った場合、噛めなくなることが何といっても困るのではないでしょうか。食べ物を噛み切れなかったりこぼしたりして、食事するのもままなりません。
さらに、前歯がないと外見も変わります。笑顔になれず人と会うのがためらわれるなど、生活に大きな影響が出てしまう方も少なくありません。
失うと影響が大きい前歯の代わりを素早く果たすのが、入れ歯です。特別な存在の前歯の入れ歯をどう選ぶか、種類や特徴から費用までを解説します。
前歯の入れ歯の種類
前歯を入れ歯にする場合、奥歯などと同じように材料によっていくつかの種類があります。
種類により外見や使用感が変わる ので、違いを知ったうえで適切な入れ歯を選んでください。それぞれの種類ごとに解説します。
レジン床義歯
レジン床義歯は歯肉と接する部分がレジン(プラスチック製)でできた入れ歯です。熱を伝えにくい材質で、強度を確保するため厚みがある構造なので、食べ物の温度を感じにくくなります。
患者さんによっては、食べ物の味の変化や装着感に違和感があるかもしれません。
お口の中が狭くなったように感じたり話しにくく感じられたりもしますが、一般的には慣れることで軽減される感覚です。
レジンはもともと歯肉となじみにくい材質と評価されてきましたが、この点を改善して使用感を向上させた材料も開発されています。
レジンを床材に使った義歯はほとんどが健康保険の適用範囲なので、患者さんが負担する費用が低く抑えられる点が大きな特長です。
なお、レジンは経年劣化が避けられません。3~5年程で劣化による変色や変形が出てくるため、そうなると作り直しになります。
チタンプレート義歯
チタンプレート義歯は、義歯を支える義歯床にチタンを使った入れ歯の一種です。チタンのような金属床は強度があるので、落としてもレジン床のように割れる心配がありません。
また、床自体の厚みもより薄い義歯床が作れます。チタンの入れ歯は装着時の違和感や話しにくさが軽減されて、使用感のよい入れ歯です。
金属なので熱伝導性がよく、食べ物の温度がストレートに感じられます。
金属床に使われる材料はチタン合金・コバルトクローム・プラチナ加金などがありますが、なかでもチタンはアレルギーが少なく、クロムの4分の1の重量で強度が高い優れた素材です。
また、チタンプレートは金属床のなかでもより快適な装着感の義歯が作れます。
ただし、金属床はすべて健康保険が適用されず、全額自己負担です。そのためレジン床の部分入れ歯と比べると、自己負担額が高額です。
シリコン入れ歯
シリコン入れ歯は、歯肉に触れる部分にシリコンを使った入れ歯です。シリコンにはやわらかさと弾力性があり、義歯床と歯肉との間でクッションとして働き、噛んだときの圧力を和らげます。
シリコン入れ歯で固いものを強く噛んでも、圧力が分散されて歯肉の痛みはあまり感じません。
また吸着性が強く、食べ物を噛むときの上下左右の動きにも追従できます。食事中の痛みも起きにくく、ガタつきやズレなどの不具合も少ない材質です。
入れ歯に使われるシリコンは身体になじみやすい生体用シリコンなので、毒性はなくアレルギーの可能性も低い無害な物質です。
部分入れ歯には固定用のバネがつきものですが、吸着力があるシリコン入れ歯にはバネがありません。ほかの歯への負担もなく審美的にも優れており、前歯に適した入れ歯です。
なお、この入れ歯は健康保険の適用外で、全額自己負担になります。
テレスコープデンチャー
テレスコープデンチャーは、コーヌスやドイツ式とも呼ばれる入れ歯です。土台になる歯と入れ歯を、茶筒とふたのような関係でぴったりと接続します。
摩擦力だけで固定するものですが、バネなどの金具を使うタイプより固定力が強く、容易には外れません。ブリッジと似た方式ですが、金具は見えず審美的にも優れた方式です。
ただし土台となる歯は神経があって歯周病などがない、しっかりした歯が必要になります。
入れ歯が必要な部分は周囲の歯もむし歯や歯周病であることが多く、この入れ歯に適した症例が少ないのが実情です。
また、土台にした歯がむし歯になるとそこだけ修理するのは難しく、すべてやり直しになります。
なおこの入れ歯を作るには高い精度の加工技術も必要であり、入れ歯装置には多量の貴金属を使うこともあって、費用は必然的に高額です。
前歯の入れ歯の特徴
前歯は顔の一部といってもよく、その人の印象さえ左右します。機能面でも噛み切ったり発音に影響したりなどほかの歯とは異なります。
そのような特別な存在でもある前歯の入れ歯の特徴を解説します。
外見を維持できる
前歯がなくなると、噛んだり話したりする機能に障害が出るほかに、顔の外見にも大きく影響を与えます。しかし、入れ歯を使えば外見の維持が可能です。
前歯がない方がお口を開けると、相手に強い違和感を与えてしまいます。
日常生活では他人と会って話したり笑ったりしますが、そのたびに前歯がないお口が相手に見えてしまうのは避けられません。
前歯を失う影響は大きく、できるだけ早く修復したいものです。そのような場合、入れ歯による修復であれば短期間で治療できます。
失った前歯が1本でも数本でも、ほかの歯を削ることなく速やかに修復でき、顔の外見を維持できるのです。
入れ歯にはさまざまな種類があり、費用はかかりますが、自分の歯と区別しにくいような美しい見た目の入れ歯を使った修復も可能です。
取り外しできる
入れ歯の大きな特徴に、自分で装着・取り外しができる点が挙げられます。そのためいつでも自由にメンテナンスができ、それが入れ歯を長持ちさせるメリットにつながります。
入れ歯を付けたままにすると、細菌が繁殖してむし歯になりやすくなるほか、口内炎や歯周病の原因にもなります。
そのため通常の歯磨きのように、入れ歯は食事のたびに外して洗い、寝るときも外してください。
入れ歯を1日中つけたままにするのは、靴を1日中履いていることに例えられます。寝ている間は外して、粘膜や歯を圧迫から解放しましょう。
入浴中なども、外せるときは外すようにしてください。
修理できる
前歯の入れ歯は基本的に修理が可能です。
お口の中は常に変化していて、入れ歯が合わなくなることは頻繁におこります。そのような場合でも作り直さず修理して、再び使い続けられます。
例えば入れ歯に隣接する歯が抜けてしまった場合、入れ歯の人工歯を増やす対応が可能です。ほかに修理できるトラブルでは以下のような事例があります。
- 人工歯の磨り減り
- 人工歯が欠けた
- 義歯床が割れた
- 固定金具が折れた
- 歯茎の形が義歯床と合わなくなった
このようなトラブルが起きても、入れ歯なら作り直さず修理によって対応が可能です。
ただし、金属床義歯やバネなし(ノンクラスプ)義歯では修理が困難、またはできない場合があります。
前歯の入れ歯の費用
前歯の入れ歯は基本的に健康保険が適用されますが、外見や使用感から保険適用外の入れ歯を選ぶ場合もあります。
選択は自由ですが費用には大きな差が出るので、それぞれの費用を比較してみましょう。
保険適用で行う場合
健康保険が適用される前歯の入れ歯は、材質がレジンであって、金属製のバネによる固定が条件です。
この材質の入れ歯は約17,000~33,000円とされ、3割負担の方の場合の自己負担額は約5,000~10,000円になります。
負担する費用が安く治療期間が2週間~1ヵ月と短いメリットもありますが、金属バネが目立ったり耐久性が劣ったりするデメリットもあります。
選ぶ際は、機能性と価格との兼ね合いで選択するのがおすすめです。
自費診療で行う場合
入れ歯の材料がレジンと金属バネ以外の場合は健康保険が適用されず、全額自費で診療を受けます。
そのなかでも、材質や入れ歯の固定方法によって費用は大きく異なります。主な種類別の概算費用は以下のとおりです。
- チタン床義歯+人工歯:約430,000円(税込)
- コバルトクロム床義歯+人工歯:約330,000円(税込)
- ノンスクラブ(バネなし)+人工歯:約187,000円(税込)
- マグネット固定+人工歯:約105,000円(税込)
それぞれにメリット・デメリットがあるので、内容をよく確認してから治療を進めましょう。
前歯の入れ歯を使うときの注意点
入れ歯が完成したら、すぐに自分の歯と同じような感覚で噛めるわけではありません。
違和感なく快適な使い心地に至るまでには、調整と慣れの2つのステップを通過する必要があります。
調整が必要
入れ歯はすべて患者さんのお口に合わせた手作りです。しかし、いくら精密に作られていても精度には限界があり、歯肉に誤差なく適合する入れ歯は作れません。
そこで調整が必要になります。調整には現状把握のために問診や以下のような検査を行います。
- 不具合や適合状態の確認
- 噛み合わせ状況の確認
- 機能性(前後左右に動かしたときの状態)の確認
- 歯肉にかかる圧力の確認
これらの状態を調べて細かく修正を加えます。さらに必要であれば全体のゆがみやバネの状態も調べ、適切な状態に仕上げていきます。
調整終了まで、一般的には複数回の通院が必要です。しかし、患者さんにより状態・感受性が違うため、長期間を要する場合もあります。
慣れるのに時間がかかる
前歯に限らず入れ歯はお口の中の異物なので、当初は違和感があるのは当然です。入れただけで違和感があり、食物を噛んでも元の自分の歯と同じではありません。
いくらよくできた入れ歯が入っていても、噛んでみるとどうしても違和感を感じるでしょう。
これは新しい道具を買ったときと同じで、日々使い続けるなかで時間をかけて慣れていくしかありません。
新しい前歯では、初めからかじったり噛み切ったりせず、箸やフォークなどで小さくして食べてみてください。食物はやわらかいものを選び、噛むのは小臼歯を使います。
慣れてくれば義歯でも自然な感覚で噛めるようになるので、初めのうちはゆっくりと時間をかけて噛むことを心がけてください。
前歯の入れ歯以外での治療法
前歯の欠損に対する治療法は主に入れ歯ですが、ほかにも治療法があります。
入れ歯と比べて歯を削ったり外科手術が必要だったりしますが、外見や耐久性に優れているのが特徴です。ここでは治療法を2種類解説します。
インプラント
インプラントは顎の骨にインプラント本体を埋入し、アバットメントと呼ばれる接合部を装着して、さらにセラミックの人工歯をかぶせる治療法です。
人工歯根を埋め込む治療のため、ほかの歯を削ったり負荷をかけたりしません。自立した歯でぐらつくこともなく、自分の歯と同じようにしっかり噛むことができます。
見た目も美しく、耐久性が高いのも特長です。
ただ、前歯の場合は顎の骨や歯肉が薄いため、前処置として骨造成や骨移植が必要になる場合があります。
通常でもインプラント体と骨との癒合に時間がかかり、治療は長期間にわたります。
治療期間が長いと1年近くに及ぶ場合もあり、口腔外科や歯周病治療などの知識や技術が必要なため、ほかの治療法に比べて費用は高めです。
健康保険は適用されず、全額が自己負担の治療になります。
ブリッジ
前歯のブリッジ治療は、欠損した部分の両側の健康な歯を削って土台を作り、その間に橋を架けるように人工歯を入れます。
白いレジンの人工歯を使ったブリッジは前歯のほか多くの歯で使用されており、健康保険が適用されるため費用を抑えられます。ただし使える材料が限定的で、色調・形・長さなどの細かい調整はできません。
当面はレジンで作ったブリッジでも問題なく噛めますが、レジンには吸水性があり、年月とともにくすみや変色が出てくる場合があります。
前歯の変色が気になれば作り直しもできますが、新たに歯を削ります。費用はかかっても長く使いたいのであれば、セラミックを使ったブリッジを選択するのがおすすめです。
前歯の入れ歯の種類によっては痛みが出やすい?
前歯の入れ歯で痛みが出る場合、原因はさまざまです。入れ歯の種類など特定の理由があるわけではありません。 痛みの原因の1つは、まだ入れ歯に慣れていないことです。
初めての入れ歯では、ほとんどの場合違和感や痛みがあります。一般的には使ううちに軽減されますが、気になる場合は歯科医院で調整してもらいましょう。
2つ目は、歯肉と入れ歯の適合性が悪いことです。噛むと入れ歯が動く場合、歯肉や粘膜が傷ついて痛みや炎症が生じやすくなります。悪化しないように、早めに調整してもらってください。
3つ目は入れ歯を固定するバネが強すぎる場合です。外すときにバネを止める歯に力がかかって歯根が痛みます。その歯が歯周病だと痛みはさらに強くなるので、調整と治療が必要です。
まとめ
前歯の入れ歯は、噛む機能のほかに顔の外見にまで影響が及ぶ、特別な存在です。
種類もさまざまで、使う材料の違いや入れ歯の固定方法による違いがあります。
入れ歯としての特徴では、外見の維持機能・取り外し可能・修理可能などが挙げられ、使用感に慣れれば扱いやすいでしょう。
費用は保険診療と自由診療で大きく異なるため、納得したうえで選択してください。
入れ歯は道具とは異なり、買って終わりではありません。調整や慣れに長期間かかるものと認識しましょう。どうしても相性が悪い場合は、ブリッジやインプラントの選択肢もあります。
参考文献