熱可塑性樹脂を使った義歯は、従来のレジン床義歯とは違った特徴があります。
特に部分入れ歯の場合は、入れ歯を支えるバネが樹脂製であるため、目立ちにくいのが大きな特徴です。
部分入れ歯の金属部分がどうしても気になる方は、熱可塑性義歯を検討してみましょう。
しかし、熱可塑性樹脂を使った義歯には耐久性などの面で注意すべき点もあり、慎重な検討が必要です。
本記事では、熱可塑性義歯のメリット・デメリットや素材ごとの特徴を解説します。
入れ歯治療を検討している方が、適切な治療方法を選ぶ参考になれば幸いです。
熱可塑性樹脂を用いた義歯(入れ歯)とは?
熱可塑性樹脂を用いた義歯(入れ歯)とは、特に部分入れ歯で目立ちやすい金属製のバネを使わない義歯です。
歯を失った部分を補う義歯は、人工歯・支えとなる歯にかけるバネ(クラスプ)・人工歯を支える義歯床の3つの部品で構成されています。
一般的に使われている部分入れ歯は、バネが金属製であるため、部位によっては目立ってしまうことを嫌がる患者さんが少なくありません。
そこで、金属製のバネを使わず、義歯床と一体化したバネで人工歯を支えるノンメタルクラスプデンチャーが開発されました。
ノンメタルクラスプデンチャーの多くは、熱で変形する熱可塑性樹脂が用いられています。
熱可塑性樹脂を用いた義歯には、金属を一切使わないノンメタルクラスプデンチャータイプと、金属を埋設して剛性を高めたタイプがあります。
補強のために金属を使用したタイプでも、金属製のバネ(クラスプ)を使用していないという意味で、ノンメタルクラスプデンチャーに分類されています。
いずれもお口のなかで目立ちにくく、審美面を気にする患者さんに適した部分入れ歯です。
特に金属で補強したタイプのノンメタルクラスプデンチャーは、十分な剛性が確保されているため、多くの症例に使用できます。
金属を使用しないノンメタルクラスプデンチャーは、金属アレルギーの患者さんに使用できることも、大きなメリットとなります。
熱可塑性樹脂には多くの種類があり、それぞれの特徴が異なりますので、歯科医師とよく相談したうえで適切なものを選びましょう。
熱可塑性義歯のメリット
熱可塑性義歯のメリットは、審美面だけではありません。従来の義歯に用いられているコンポジットレジンに比べて、先進的な材料としてさまざまなメリットがあります。
もともと熱可塑性義歯は、金属製のバネの見た目を気にする方や、金属アレルギーの方でも使用できる部分入れ歯として開発されました。
その後さまざまな材料の熱可塑性義歯が開発され、臨床現場で使用されるなかで、次のようなメリットが明らかになっています。
- 軽くて強度が高い
- 加工・修理がしやすい
- 変形しにくい
- 色や臭いの付着が少ない
- 保険が適用される
それぞれの内容を解説します。
軽くて強度が高い
熱可塑性樹脂は、従来のレジンに比べて軽量で、強度が高いのがメリットです。
レジン製の義歯は、義歯床の強度を持たせるために厚みが必要で、お口のなかでの違和感が大きくなります。
金属製の義歯床なら薄くできるものの、金属の見た目を気にする方が少なくありません。
熱可塑性樹脂は、薄くて軽量な設計にしやすく、目立ちにくい部分入れ歯が制作可能です。
金属を埋設して補強したタイプであれば、強度も十分に確保できます。
加工・修理がしやすい
熱可塑性樹脂とは、熱を加えたときだけ変形する樹脂素材です。
この特性により、複雑な形に加工しやすく、義歯の制作にも適しています。
熱可塑性義歯のなかには、技工所に依頼せずに歯科医院で修理できるものもあります。
変形しにくい
熱可塑性樹脂は、弾性があり、曲げや圧縮に強いのが特徴です。
従来のレジンは、弾性が低いため、破折したり割れたりする症例が少なくありませんでした。
曲げに対する弾性が強い素材であれば、咬合による強い力がかかったときでも、変形しにくくなります。
色や臭いの付着が少ない
従来のレジン製義歯は、吸水性が高いため、長期間使用すると変色や臭いが出てくることが少なくありませんでした。
義歯床が変色すると、特に前歯では入れ歯が目立ってしまい、審美面で問題となります。
また、義歯床表面の細かい傷に入り込んで増殖する細菌は、臭いだけでなくむし歯や歯周病のリスク因子です。
熱可塑性樹脂のなかでも、吸水性が低く表面強度が高い素材は、変色や悪臭のリスクが低くなります。
保険が適用される
熱可塑性樹脂を用いた義歯は、保険適用で制作可能なものもあります。
従来のレジン床義歯に比べて費用は高くなるものの、保険適用になれば患者さんの負担は軽減されるでしょう。
部分入れ歯は、金属製のバネが目立つことから、嫌がる患者さんが少なくありません。噛み合わせの歯が伸びてきたりして、歯並び全体が変わってしまうこともあります。
熱可塑性義歯なら、保険適用内で目立ちにくい入れ歯治療が可能です。
熱可塑性義歯のデメリット
熱可塑性義歯には、メリットだけでなくデメリットもあります。
義歯の素材を選ぶ際には、それぞれの特徴を理解したうえで、歯科医師とよく相談しましょう。
熱可塑性義歯の主なデメリットは、以下の3つです。
- 人工歯が脱離しやすい
- 熱に弱く劣化しやすい
- レジン床義歯より費用が高くなる
それぞれの内容を解説します。
人工歯が脱離しやすい
一般的な入れ歯の人工歯は、コンポジットレジンで作られています。熱可塑性樹脂のなかには、レジンと化学的に接合しづらいものがあり、人工歯が脱離してしまう原因となります。
義歯床もレジン製であれば、人工歯と義歯床が同じ素材で一体化しているため、脱離は極めて稀です。
機械的な接合のみの熱可塑性義歯では、人工歯が脱離する症例が報告されています。
熱に弱く劣化しやすい
熱可塑性樹脂は、熱によって変形する素材であるため、熱に弱いのがデメリットです。
熱い食べ物や飲み物を繰り返し飲食すると、熱可塑性樹脂の劣化を早めてしまう可能性があります。
熱可塑性樹脂が劣化すると、表面がザラザラと粗くなり、お口のなかでの違和感が強くなります。
また、細菌が侵入してむし歯などのリスクが高まるため、違和感を覚えたら早めに歯科医師に相談しましょう。
レジン床義歯より費用が高くなる
熱可塑性義歯は、一般的なレジン床義歯よりも費用が高くなる傾向があります。
入れ歯治療にかかる費用は、失った歯の本数や部位・お口の中の状態によっても異なります。
保険適用内で熱可塑性義歯を制作する場合の費用は、かかりつけの歯科医院にご相談ください。
熱可塑性義歯の適応症例
熱可塑性義歯は、従来のレジン床義歯に比べて審美面で優れているものの、人工歯の脱離や熱による劣化などのデメリットがあります。
日本補綴歯科学会では、金属を使用せず剛性のないタイプのノンメタルクラスプデンチャーは、金属アレルギーなど特殊な症例を除いて最終義歯としては推奨していません。
金属アレルギーの患者さんの場合は、選択肢が限られるため、金属を使用しない熱可塑性義歯を選ぶケースが多いでしょう。
金属アレルギーであると診断されていなくても、難治性の口腔疾患が続いている場合は、口腔内の歯科金属をすべて撤去するケースが少なくありません。
剛性の低い熱可塑性義歯も、このようなケースでは貴重な選択肢の一つです。
一方で、金属による補強で剛性あるタイプのノンメタルクラスプデンチャーは、患者さんが審美面で金属製のバネを受け入れられない場合の選択肢として推奨されています。
剛性のあるタイプは、部分入れ歯を支える歯が十分に残っている場合、従来の金属製バネの義歯にも劣らない耐久性があるとする報告もあります。
どのような義歯を選択するのが適切かは、歯科医師とよく相談したうえで、慎重に検討しましょう。
義歯に用いられる熱可塑性樹脂の種類と違い
義歯に用いられる熱可塑性樹脂は、1種類だけではありません。熱可塑性樹脂とは、熱を加えたときだけ変形する樹脂素材の総称であり、現在までに多くの素材が開発されています。
素材ごとに特徴が異なり、それぞれの特徴を活かした製品があります。日本で認可されている熱可塑性義歯の素材は、次の5つです。
- ポリアミド系
- ポリエステル系
- ポリカーボネート系
- アクリル系
- ポリプロピレン系
それぞれの内容を解説します。
ポリアミド系
ポリアミド系はナイロンの一種で、熱可塑性義歯の材料として1950年代から使われてきた歴史があります。
やわらかく弾性があるため、支える歯や歯茎を痛めにくいのが特徴です。一方で、咬合力が強い方や食いしばり癖がある方にとっては、強度不足が問題になります。
たわみやすい素材のため、大きな義歯床には向いておらず、失った歯が少ない症例に適しています。
ポリエステル系
ポリエステル系は、ポリアミド系よりも弾性が高く、やわらかい素材です。一方で、耐衝撃性は劣るため、強い力がかかる奥歯には向いていません。
熱可塑性樹脂のなかでもレジンと接合しやすい素材であるため、歯科医院での修理が可能なことが大きなメリットです。
また、変色しにくく、傷つきにくい素材といわれています。
ポリカーボネート系
ポリカーボネート系は、以前から保険適用の義歯に使用されており、ノンメタルクラスプデンチャー用に改良した素材です。
曲げに対する強さ・弾性ともにポリエステル系やポリアミド系よりも高く、剛性の高い材料です。
たわみを少なくして、大きな義歯床に使用できるようにした素材も開発されています。
硬さがある反面、限度を超える力がかかると破折してしまうケースも報告されています。
アクリル系
アクリル系は、ポリアミド系やポリエステル系に比べてやや硬く、耐久性のある材料です。
また、吸水性が低いため着色しにくいのもメリットです。
レジンとの接合性がよいため、歯科医院での修理も可能となります。
ポリプロピレン系
ポリプロピレン系は、軽量で臭いがつきにくい素材です。
加工性がよいため、さまざまな治療に応用できる多用途修復材として開発されました。
特に曲げに対する強さ・弾性が高く、破折しにくいのが特徴です。
熱可塑性義歯の治療の流れ
熱可塑性義歯の治療の流れは、一般的な入れ歯治療とほとんど変わりません。まずはお口のなかを診察し、むし歯や歯周病がないかを検査します。
むし歯や歯周病がある場合には、先に治療しないと入れ歯治療にすすめない場合があります。
入れ歯治療のはじめの工程は、入れ歯を作るための型取りです。アルギン酸を主成分とするやわらかい印象材を歯に押し付けて型を取る方法が一般的ですが、3Dスキャナーを用いて型取りをする方法もあります。
次の工程では、噛み合わせをチェックするための咬合床という部品を作るための型を取ります。咬合床は、お口全体の状態を確認し、正しい噛み合わせに導くために不可欠です。
咬合床を用いて、入れ歯を装着した際の噛み合わせをシミュレーションし、噛み合わせを決定します。この作業を咬合採得といい、入れ歯の設計には不可欠です。
これらの作業の結果から、入れ歯を精密に設計し、設計をもとに熱可塑性樹脂で入れ歯を制作します。
入れ歯の制作過程でも、仮の人工歯を用いた試適での噛み合わせ確認や、歯茎との色合わせが必要です。入れ歯の制作精度が低いと、痛みや破損につながるため、入念なチェックが不可欠です。
入れ歯が完成したら、口腔内に装着して調整します。型取りから入れ歯完成までの期間は、一般的に1ヶ月程度です。
熱可塑性義歯の装着後は、定期的に歯科医院を受診して、お口の状態をチェックしましょう。
ノンメタルクラスプデンチャーは、金属製バネに比べてバネ部分が大きくなるため、バネ周辺に汚れがたまりやすくなります。
むし歯や歯周病予防のためにも、毎日の歯みがきだけでなく、定期的なクリーニングが不可欠です。
入れ歯を使っているうちに合わなくなったと感じたら、自己判断で入れ歯安定剤を使うのではなく、早めに歯科医院を受診しましょう。
入れ歯は定期的なメンテナンスと調整が必要で、合わないまま使っていると破損や歯並びの乱れにつながります。
まとめ
熱可塑性樹脂を使った義歯のメリット・デメリットや、素材ごとの特徴を解説しました。
熱可塑性樹脂は、主にノンメタルクラスプデンチャーで用いられます。お口のなかでバネが目立ちにくいため、見た目を気にする方に適した入れ歯の素材です。
部分入れ歯の金属が目立つことを理由に、入れ歯を避ける患者さんも少なくありません。
歯を失った部分を放置すると、歯並び全体に悪影響があるため、熱可塑性樹脂のノンメタルクラスプデンチャーは有力な選択肢となるでしょう。
一方で、金属を使わないノンメタルクラスプデンチャーは剛性が劣るため、適用できる症例に限りがあります。
自分の希望や症例に熱可塑性義歯が適しているのかどうかは、歯科医師とよく相談しましょう。
参考文献