酸蝕歯は、酸の影響によりエナメル質が溶けてなくなった歯のことです。エナメル質は、歯の表面に存在する硬度の高い部分ですが、酸に弱く溶けやすいのが特徴です。
近年では、酸性飲食物の健康への効果から、酢を含んだ飲料を飲んでいる方も少なくありません。
この記事では、酸蝕歯の原因や酸蝕歯になりやすい方の特徴、酸蝕歯の治療法や予防法などを紹介します。
酸蝕歯を初めて知った方や酸性の飲食物が好きな方は、記事を参考にして酸蝕歯に詳しくなりましょう。
酸蝕歯とは
酸蝕歯とは、酸が原因でエナメル質が溶けて傷んだ歯のことです。エナメル質は、歯の表面の硬い部分です。
この部分が、酸によって溶けることで、歯にさまざまな影響がおよびます。歯の黄ばみや溶解、知覚過敏などです。
近年では、酸蝕歯が増加傾向にあり、むし歯や歯周病に次ぐ第3の歯の疾患として注目されています。
酸蝕歯は、健康志向の高まりや食生活の変化などの影響で、増加傾向にあると考えられています。
酸蝕歯の原因
酸蝕歯の原因は、内因性と外因性に分けられます。内因性の原因は、胃酸の逆流です。pH1〜2と酸性度の高い胃酸が口腔内に逆流すると、歯は溶けます。
胃酸が逆流する要因には、逆流性食道炎や拒食症、アルコール中毒や嘔吐などが考えられます。外因性の原因は、職業や飲食物、薬物や薬剤などです。
以前はガラス工場やメッキ工場などの酸性ガスの吸引が主な原因でしたが、近年では、食生活の変化により酸性度の強い飲食物の摂食頻度が増えたことが原因と考えられています。
酸蝕歯は、以前は特殊な疾患と考えられていました。しかし、近年では日常的な疾患へと変わりつつあります。
市販されている飲料120種を調べたとある報告では、73%の飲料でエナメル質が溶けるとされているpH5.5よりも強い酸性だとわかっています。
酸蝕歯の症状
酸蝕歯で生じる症状は、主に以下の5つです。
- エナメル質が溶ける
- 歯が黄ばむ
- 歯の先端が透けたりギザギザになったりする
- 詰め物や被せ物と歯の間に隙間ができる
- 知覚過敏になる
これらの症状を、以下で詳しく紹介します。
エナメル質が溶ける
エナメル質の多くが、ハイドロキシアパタイトと呼ばれるリン酸カルシウムでできています。
この成分は自己修復する力はなく酸に溶けやすく、口腔内に酸が存在すると、エナメル質が溶けてしまうのが特徴です。
例えば、酸味のある炭酸飲料を飲んだ後に、歯がザラザラした感じになったことがあるでしょう。
それが、エナメル質が溶けている状態で、これが繰り返されることで徐々にエナメル質がなくなっていきます。
歯が黄ばむ
酸蝕歯の症状の一つに、歯が黄ばむことが挙げられるでしょう。歯の黄ばみは、飲食物の色が歯に付着して生じるとされています。
また、象牙質は黄色味がかっているため、エナメル質が透けて象牙質の色が見える場合もあるでしょう。
歯の着色は、歯の表面に形成された唾液たんぱく質の薄い皮膜に着色物質が吸収され、歯の石灰化に伴って着色物質が定着して生じます。
歯の黄ばみは、年齢による影響もありますが、酸によるエナメル質の溶解の可能性もある症状です。
歯の先端が透けたりギザギザになったりする
酸蝕歯になるとエナメル質が溶けるため、歯の先端が透けたりギザギザになったりする場合があります。エナメル質の厚みはそれぞれの歯によって異なり、0.1〜1.6mmほどです。
もともとエナメル質は薄いそうですが、酸性度の高い物を摂取して溶けると、さらに薄くなるでしょう。
このような状態が繰り返され、徐々にエナメル質は薄くなり、歯の先端が透けるようになります。また、酸がエナメル質に作用すると歯がやわらかくなり摩耗されやすくなります。
そのような状態で歯磨きや咀嚼などを行うと、歯の欠損や消失につながり、ギザギザした歯にもなるでしょう。
詰め物や被せ物と歯の間に隙間ができる
酸性飲食物や嘔吐の影響で、詰め物や被せ物と歯の間に隙間ができることがあるでしょう。エナメル質は、詰め物や被せ物に使われる素材に比べて酸に溶けやすいとされています。
そのため、酸性の飲食物を頻繁に摂取する方や嘔吐が習慣化されている方では、詰め物や被せ物が浮き上がるほどに歯が溶けてしまうことがあります。
隙間ができることで、詰め物や被せ物の脱落、むし歯や知覚過敏などが生じやすくなるでしょう。
知覚過敏になる
酸でエナメル質が溶けると、象牙質が出てくるため知覚過敏になりやすくなります。
通常であれば、象牙質はエナメル質で覆われているため、しみや痛みを頻繁に感じることはありません。
しかし、エナメル質が溶かされ象牙質にまで刺激が伝わりやすくなると、少しの刺激でも痛みを感じやすくなります。
例えば、冷たい飲食物や歯ブラシの毛先、風に当たった際などにも痛みを感じるようになります。知覚過敏は、どのような刺激にも痛みを感じるわけではありません。
ただし、歯ブラシの毛先で痛みを感じる場合、その部分の歯磨きが疎かになります。そして、むし歯になる可能性があるため、食生活の改善や早期の治療が望まれます。
酸蝕歯になりやすい方の特徴
酸蝕歯になりやすいのは以下のような方です。
- 酸性飲食物の摂取頻度が多い方
- 嘔吐の習慣がある方
- 逆流性食道炎の方
- 拒食症の方
- アルコール依存症の方
- 酸性の粉塵やガスが出る環境で働いている方
- 酸性のサプリメントや薬を飲んでいる方
酸性の飲食物や胃酸などが歯に触れる機会が多い方は、酸蝕歯になりやすい傾向にあるでしょう。酸性の飲食物にはお酢やワイン、柑橘類の果物や乳酸菌飲料などが挙げられます。
これらの物は、エナメル質が溶けやすいpH5.5以下のため、摂取頻度に注意しましょう。
使用されている酸の種類によって、歯へのリスクの程度が異なります。また、サプリメントや薬はカプセルの物が多いそうですが、飲み込みにくいと感じて噛み砕いてから摂取される方もいます。
これらのなかには、酸性が強い製品もあるため、酸蝕歯の状態を悪化させる要因につながるでしょう。心当たりがある方は、摂取の仕方を守って、噛まずに飲むようにしましょう。
酸蝕歯の治療法
酸蝕歯で行われる治療法は、以下の4点です。
- フッ素の塗布で歯を守る
- 詰め物や被せ物をする
- 食生活を改善する
- 薬剤の塗布で知覚過敏を緩和する
これらの治療法を詳しく見ていきましょう。
フッ素の塗布で歯を守る
歯へのフッ素の塗布で、歯の酸への抵抗性が上がり、再石灰化も促してくれる可能性があります。
酸性度の高い飲食物の摂取で、ハイドロキシアパタイトを構成しているカルシウムやリンなどのミネラルが喪失して、脱灰が生じます。脱灰が起きると、歯の表面が弱くなり、むし歯が生じやすくなるでしょう。
フッ素を歯に塗布すると、エナメル質に取り込まれたフッ素がハイドロキシアパタイトよりも溶けにくいフルオロアパタイトになって、エナメル質に存在します。
歯の酸への抵抗性が高くなるため、歯を守ってくれるでしょう。また、歯へのフッ素の塗布で、カルシウムやリンが少ない状態でも再石灰化が起こりやすくなるのが特徴です。
そのため、脱灰からの回復が早くなるとされています。
詰め物や被せ物をする
酸の影響で溶けてしまった歯には、詰め物や被せ物をして、それ以上溶けるのを防ぎます。口腔内が酸性になった際には、エナメル質が溶ける脱灰が生じます。
この際に溶けたカルシウムやリンの再石灰化が、すぐに始まれば歯が溶けることにはなりません。
口腔内が酸性になっても、残された歯に酸の影響がおよばないように、詰め物や被せ物をして歯を守りましょう。
食生活を改善する
酸性の飲食物の摂取頻度が多い方や逆流性食道炎の方などは、食生活を改善しましょう。近年では、健康志向や食生活の変化で酸性度の高い飲食物を摂取する機会が増えました。
酢や酢を含んだ飲食物、レモンやグレープフルーツなどの柑橘系の果物、ワインや炭酸飲料などがエナメル質が溶けるとされているpH5.5よりも酸性度が高い飲食物になります。
そのため、これらの摂取頻度や摂取量を減らすことで、酸蝕歯の予防につながるでしょう。
また、逆流性食道炎の原因には脂肪の多い食事やアルコールの摂取のし過ぎ、早食いや喫煙などが挙げられます。
これらの食習慣がある方は、食生活に気をつけるようにしましょう。
薬剤の塗布で知覚過敏を緩和する
酸蝕歯の症状によっては、薬剤を塗布して知覚過敏を緩和する治療が行われるでしょう。歯が溶けて象牙質が露出すると、知覚過敏を生じやすくなります。
知覚過敏への対処法は、知覚過敏用の歯磨き粉での歯磨きやシュウ酸カリウムの塗布などが挙げられます。
シュウ酸カリウムは、露出した象牙質の表面を覆って、刺激が伝わるのを遮断する薬剤です。
この薬剤を知覚過敏の歯に塗布すると、即効は低いものの、塗布回数を増やすことで冷水や擦れた際の痛みが改善したとの報告があります。
また、知覚過敏用の歯磨き粉の使用で、症状がやわらぐともされています。
酸蝕歯の予防法と対処法
酸蝕歯は、近年注目を集めている歯の疾患です。日常生活の行動に気をつけることで、酸蝕歯は悪化しにくくなるでしょう。
酸蝕歯の予防法や対処法を以下で詳しく紹介します。行いやすい予防法や対処法から日常生活に取り入れてみましょう。
酸性の飲食物を摂取した後はうがいをする
エナメル質の表面のpHを摂取する前の状態になるべく早く戻すために、酸性の飲食物を摂取した後はうがいをするようにしましょう。
酸性の飲食物を摂取すると、エナメル質が酸に反応して、脱灰が始まります。これが進むと、歯が溶けていくことにつながります。
そのため、酸性の飲食物を摂取した際には、うがいをして口腔内の状態を中和させるようにしましょう。
就寝前に酸性の飲食物をとらない
就寝中は唾液の分泌量が減るため、就寝前に酸性の飲食物を摂取しないように気をつけましょう。
唾液には、緩衝作用と呼ばれる酸性の飲食物から歯を守る役割が備わっています。
レモンや梅干しなどの酸味のある食品を食べた際に、唾液が多く分泌されるのも、この役割が作用しているためです。これは、口腔内の急なpHの変化を防ぎ、歯の脱灰を抑えるために作用します。
唾液が集まりやすい下顎の舌側の前歯では、酸性の飲食物を摂取後に、4〜5秒ほどで前の状態に戻ります。
就寝中は、ほとんど唾液が分泌されないため、就寝前の酸性飲食物の摂取は避けた方がよいでしょう。
唾液の分泌量を増やす
唾液の分泌量を増やすことで、酸蝕歯の予防につながります。唾液には、緩衝作用以外にも、歯の保護作用や再石灰作用など多くの働きがあります。
保護作用は、歯の表面を唾液たんぱくで覆い、脱灰や摩耗から守る働きです。再石灰化作用により、唾液中のカルシウムやリン酸が歯の修復を促します。
そのため、唾液の分泌量を増やすとこれらの作用がより機能して、酸蝕歯の予防につながるでしょう。
唾液の分泌量を増やす方法には、食事前の唾液腺のマッサージやよく噛んで食べる、会話や発話を行うなどがあります。
歯質強化効果のある歯磨き粉を使う
歯質強化が望めるのは、フッ素配合の歯磨き粉です。フッ素を含む歯磨き粉は、酸によるエナメル質の溶解を抑制し、歯の再石灰化を促進する働きがあります。
また、フッ素配合の歯磨き粉の使用量が多いと、唾液中のフッ素の濃度が増えることもわかっています。
唾液中のフッ素の濃度が高いと、再石灰化がより促されるでしょう。フッ素配合の歯磨き粉を使って、歯質の強化を図りましょう。
酸蝕歯の症状がある場合は食後すぐに歯磨きをしない
酸性の飲食物摂取後に脱灰とエナメル質の硬度低下が生じます。そのため、酸蝕歯の症状がある場合には、食後すぐの歯磨きは控えるようにしましょう。
エナメル質が軟化した状態で歯磨きを行うと、歯磨きの力やブラシの硬さなどの影響を受けやすいと懸念されています。
また、酸性の飲食物の摂取を見直すことで、酸蝕歯の進行を抑制できる可能性があるでしょう。
例えば、酸性の飲料を口腔内に貯め込まずに飲み込むことや、ストローを使って飲料が歯に当たらないように飲むようにするだけでも改善が見込めます。
加えて、ヨーグルトや牛乳などのカルシウムを多く含む食品と一緒に摂取する方法も、再石灰化が促進されるため効果的でしょう。
まとめ
ここまで、酸蝕歯の原因や酸蝕歯になりやすい方の特徴、酸蝕歯の治療法や予防法などを紹介しました。酸蝕歯は、酸の影響で歯の溶解や脱灰が生じている歯の状態のことです。
エナメル質の溶解や知覚過敏、歯の黄ばみなどの症状が生じます。原因は、内因性と外因性に分けられます。
内因性で考えられる原因は、逆流性食道炎や拒食症、アルコール中毒酸性の飲食物や嘔吐などです。外因性の原因は、職業や飲食物、薬物や薬剤などです。
これらの原因に該当する方は、酸蝕歯になりやすいでしょう。酸蝕歯の治療は、食生活の改善やフッ素の塗布、詰め物や被せ物で残った歯を覆うなどです。
酸性飲食物の摂取後のうがいや唾液の分泌量の増加、歯磨きや飲食物を食べるタイミングを考慮すると予防につながります。
気になる症状がある方は、歯科医師に相談してみましょう。
参考文献
- エナメル質の表面構造:虫歯は歯の表面から
- 歯の酸蝕の疫学的研究に関する文献調査
- 酸蝕症の病態と臨床対応”
- 酵素を用いたペリクル分解による着色予防法の開発
- 日本人前歯におけるエナメルの厚さに関する研究
- Impact of toothpaste on abrasion of sound and eroded enamel:An in vitro white light interferometer study
- 酸とpHの種類および浸漬時間によるエナメル質の硬度への影響
- 酸蝕症による咀嚼障害と審美障害に対して補綴治療を行った一症例
- 知覚過敏|日本歯科医師会
- 知覚過敏:臨床上の特色と治療評価
- アルコール摂取状況と歯の喪失との関連についての研究:魚沼コホート研究ベースライン調査
- 労働安全衛生法に基づく歯科医師による健康診断のより適切な実施に資する研究
- フッ素歯面塗布後の酸蝕症起因酸と㏗濃度による 象牙質耐酸性比較
- フッ化物利用(概論)|厚生労働省
- 事業所での酸蝕症の歯科健診を行うにあたっての現時点の考え方の試案(たたき台)
- 逆流性食道炎ってどんな病気?|国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
- 歯周処置後に出現した象牙質知覚過敏症に対する25%シュウ酸カリウムの臨床応用
- 酸性の清涼飲料水がヒト永久歯の健全エナメル質に与える影響に関する文献検討
- 歯・口の機能|厚生労働省
- 2.口腔乾燥症理解のための唾液の知識
- 唾液腺マッサージによる効果の基礎的研究─唾液の酸化還元電位と口腔湿潤度の変化─
- フッ化物局所応用アップデート 2 フッ化物配合歯磨剤の効果的な使用方法