人の歯は成長するに伴い、乳歯から永久歯へと生え変わります。これは身体の成長に合わせて顎が広がり、大きな永久歯で隙間を埋める必要があるためです。
それでは、いずれ抜ける乳歯はむし歯になっても問題はないのでしょうか。
乳歯のむし歯を放置すると、後から生える永久歯にさまざまな悪影響を与える可能性があります。
この記事では、乳歯がむし歯になった場合に引き起こす影響や、予防方法について解説します。乳幼児を育てる保護者の方の参考になれば幸いです。
乳歯は生え変わるからむし歯になっても大丈夫?
乳歯のむし歯を放置すると、生え変わる永久歯に影響を与える可能性があります。具体的には、永久歯の歯並びが乱れるケースや、エナメル質形成不全が挙げられます。
歯並びが悪くなる原因の一つは、永久歯が正しい順番で生えてこないことです。一般的に、最初に生え変わる歯は、下顎の中切歯または第一大臼歯です。
その後、上顎の中切歯や第一大臼歯が生え変わり、側切歯や犬歯へと続きます。しかし、乳歯が重度のむし歯になると顎の骨に炎症が広がり、下にある永久歯の生える時期が遅れることがあります。
その結果、新しい歯が生えるときにすでに生えている歯に邪魔されて位置がずれ、歯並びが悪くなる恐れがあるので注意が必要です。
またエナメル質形成不全とは、歯の表面を覆うエナメル質が正常に形成されない状態のことです。
エナメル質形成不全には軽度のものと重度のものがあります。軽度の場合は、生えたばかりの歯が黄色や茶色に変色している点が特徴です。重度になると歯が欠損していたり、歯がデコボコで内部の象牙質が見えていたりする場合もあります。
これらの悪影響を踏まえると、乳歯のむし歯を放置することは避けるべきです。
乳歯がむし歯になりやすい理由
一般的に、乳歯は永久歯に比べて石灰化の期間が短く、歯質の構造が粗いのが特徴です。また、乳歯も永久歯も萌出直後は化学反応性が高く、むし歯になりやすいといわれています。
乳歯がむし歯になりやすい原因を知ることは、予防をするうえでとても重要です。ここでは乳歯がむし歯になりやすい理由を詳しく解説します。
エナメル質が薄くてやわらかい
生えたばかりの歯は、唾液に含まれるカルシウムを取り込むことで、エナメル質の構造が強化される特徴があります。
一方、生えたばかりの歯はエナメル質が未熟で、防御力が低い状態といえます。 そのため永久歯に比べて歯の質が弱く、特に1~5歳の間はむし歯になりやすいのが特徴です。
永久歯よりも酸に弱い
生えたばかりの歯は未成熟であり、化学反応性が高いといわれています。そのため酸の影響を受けやすく、溶けやすいのが特徴です。
その結果むし歯になりやすく、進行も早いため、むし歯が重症化しやすいという特徴があります。 一方で、フッ化物はエナメル質の成熟を促す作用があり、フッ化物によるうがいなどはむし歯予防に効果的です。
乳歯のむし歯になりやすい部位
乳歯のむし歯は、同時に多数の歯や歯面に発生することが多く、進行も早いため放置すると広範囲にわたって歯質が崩壊することも少なくありません。
また自覚症状が少ないため、気付いたときには歯髄炎まで進行しているケースもあります。
むし歯の進行に早めに気付くためにも、むし歯になりやすい部分を知っておくことは重要です。
ここではむし歯になりやすい歯や、その原因と時期について解説します。
上の前歯の間
乳歯の上顎の中切歯や側切歯は、むし歯になりやすい箇所です。特に歯と歯の隙間はむし歯になりやすく注意が必要です。
これは、哺乳瓶の使用時に汚れがたまりやすく、かつ舌や唾液による自浄作用が働きにくいためです。
一方で、下顎の中切歯や側切歯はむし歯になりにくい部位といわれています。 そのため、下の前歯にむし歯がある場合は、ほかの乳歯にもむし歯が広がっている可能性があるため注意が必要です。
就寝前に哺乳瓶でミルクやジュースを与える習慣があると、むし歯の発生率が高くなり、一般的に哺乳瓶むし歯と呼ばれています。
上の前歯の付け根
上の前歯の付け根も、むし歯になりやすい部位の一つです。特に、舌による自浄作用が働かない唇側の表面には注意が必要です。
歯の付け根は、歯茎との間に汚れが溜まりやすく、放置するとむし歯だけでなく歯肉炎などを併発する恐れがあります。
見えやすい部分なので、保護者がこまめに確認し、丁寧な清掃を心がけましょう。
奥歯の間
3歳頃になると、二本の乳臼歯の隣接面でむし歯が急増するといわれています。これは、歯が生え揃うことで隙間がなくなり、デンタルフロスなどで丁寧に清掃しないと汚れが残りやすくなるのが原因です。
歯磨きをしていてもむし歯になるケースの多くは、この乳臼歯のむし歯です。
また5歳頃になると第一大臼歯の萌出によりさらに歯と歯の間が密接になるため、隣接面のむし歯が増えやすくなります。
隣接面のむし歯は発生直後には気付きにくく、また乳歯はむし歯の進行が早いため、重症化してから初めて気付くケースも珍しくありません。
奥歯の溝
臼歯の溝は、ほかの歯に比べて深く複雑で、むし歯が発生しやすい部分です。
上顎の臼歯よりも下顎の臼歯の方がむし歯になりやすく、特に下顎第二臼歯はむし歯の発生率が高いとされています。
奥歯は前歯よりも奥にあるため、清掃時の汚れも残りやすいので、丁寧な清掃を心がけましょう。
なお、哺乳瓶むし歯は広範囲に広がる傾向があり、特に上顎第一乳臼歯の頬側に発生しやすいといわれています。
乳歯のむし歯が永久歯に及ぼす影響
乳歯がむし歯になっていても、いずれ抜ける歯だから問題ないと考える方もいますが、それは誤解です。
乳歯のむし歯を放置することは、後に生えてくる永久歯にも悪影響を与えます。永久歯がむし歯になると、治療をしても完全には元の状態に戻りません。
また、歯並びが乱れると、噛み合わせが悪くなったりお顔のバランスが崩れたりといった問題が生じます。場合によっては歯列矯正が必要になることもあります。
永久歯を健康に保つためにも、乳歯のむし歯は放置せず、早期に対処することが大切です。ここでは、乳歯のむし歯が永久歯に及ぼす悪影響を解説します。
永久歯もむし歯になりやすくなる
乳歯のむし歯を放置すると、お口のなかの衛生環境の悪化につながります。
むし歯はお口のなかの細菌が酸を作り出し、エナメル質や象牙質を溶かす病気です。むし歯を放置することは、お口のなかで細菌の繁殖が継続している状態になります。
そのため、永久歯は萌出した直後から多量の細菌にさらされ、むし歯になりやすくなります。また、萌出直後の永久歯は乳歯と同様に、酸による化学的な影響を受けやすいのが特徴です。
つまりお口のなかで酸が産生されやすい口腔環境では、永久歯がむし歯になりやすい時期と重なります。
むし歯になっている乳歯と萌出した永久歯が隣接することで、健康な永久歯までむし歯になる可能性が高まります。
そのため、乳歯のむし歯を適切に治療することは、永久歯のむし歯予防にも重要です。
永久歯の歯並びに影響が出るリスクがある
乳歯のむし歯は進行が早く、放置すると抜歯以外の治療ができなくなる場合や、自然に脱落することがあります。
通常、乳歯はその下の永久歯が生える準備が整ってから自然に抜けるのが理想です。
しかし、むし歯の影響で永久歯が生える準備が整う前に乳歯が抜けると、その隙間を埋めようとして隣の乳歯が抜けたスペースに傾くことがあります。
その結果、永久歯が生えるためのスペースが不足し、歯並びが乱れる可能性があります。歯並びが乱れると、永久歯に生え変わった後も歯の並びが複雑化し、むし歯のリスクも高まるでしょう。
また、噛み合わせも悪くなり、咀嚼力が低下する恐れもあります。さらに噛むときに片側にばかり負担がかかり、顎の左右の筋肉のバランスが崩れることもあります。
乳歯が適切な時期に自然に抜けるようにするためにも、むし歯の予防と治療は重要です。
乳歯のむし歯の予防方法
乳幼児はむし歯に対する知識も少なく、また歯科治療に対して積極的でないケースも少なくありません。
また、自分で歯磨きをしても磨き残しなどが多くなりやすいため、保護者による適切なむし歯予防が重要です。
幼児期にむし歯があることは直接的な痛みだけでなく、心や行動面に悪影響を及ぼすことがあります。
保護者が正しい予防方法を理解することは、幼児の健やかな心身の成長にもつながります。
保護者が仕上げ磨きをする
保護者のよる仕上げ磨きには、次の3つのメリットがあります。
- 幼児の手では磨き残しやすい部位をきれいにできる
- 保護者のむし歯に対する不安が軽減される
- 歯磨き習慣を通じて健康意識が育まれる
どのように歯を磨けばむし歯の予防ができるかを理解せずに歯磨きをする幼児は、少なくありません。
前歯や表面はしっかりと磨くことができても、歯の間や歯茎との隙間、奥の歯まではうまく 磨けないのが一般的です。
それらの部分を保護者が仕上げ磨きをすることで、正しいむし歯予防につながります。乳幼児用の歯ブラシは持つところが太く、安全性に配慮したものを使いましょう。
また、保護者が仕上げ磨きを行うことで、むし歯予防ができているという保護者の安心感にもつながります。
さらに、歯磨きを幼児任せにしないことが、歯の健康の大切さを伝える機会になります。成長とともに糖分の多い飲食物の摂取も増えるため、むし歯のリスクも高まるでしょう。
その際にも歯磨きの重要性を理解させることで、保護者の手を離れても自分でむし歯を予防できる知識や習慣を身につけることが重要です。
デンタルフロスを使用する
歯と歯の隣接面はむし歯が発生しやすい部位です。
3歳以降は、2本の乳臼歯の隣接面でむし歯が発生しやすくなり、さらに第一大臼歯の萌出に伴いその隣接面でもむし歯が見られるようになります。
隣接面は歯ブラシだけでは十分に清掃できない部分です。そのため、デンタルフロスを活用して、歯ブラシでは届きにくい汚れを取り除くことが大切です。
2022年度の歯科疾患実態調査によると、1~4歳児でのデンタルフロスの使用率は20.5%、5~9歳児での使用率は28.6%とまだまだ多くはありません。
乳幼児期から歯の正しいケアを行うことは、乳歯のむし歯予防だけでなく、永久歯を健康に保つことにもつながります。
フッ素入りの歯磨き粉を使用する
フッ素入りの歯磨き粉には、エナメル質の再石灰化や抗菌作用をもたらす効果があるとされています。
乳歯や萌出後の永久歯は化学反応の影響を受けやすいため、この時期にフッ素入り歯磨き粉を使用することは、有効な予防策です。
現在、市販されている歯磨き粉の約90%にフッ素が含まれており、広く利用される環境が整っています。
このほかにも歯磨き粉だけでなく、歯にフッ化物を直接塗布する方法や低濃度のフッ化物水溶液でうがいをする方法も有効です。
ただし、これらの方法は歯科医師の指導のもとで行う必要があります。
乳歯のむし歯の治療方法
乳歯のむし歯と永久歯のむし歯では、治療方法に大きな違いはありません。
しかし、乳歯のむし歯が悪化すると、後に萌出する永久歯の形成不全や早期抜歯による歯並びへの影響が考えられます。
そのため、できる限り早期に治療を行うことが重要です。一方で、歯科治療に不安を感じる幼児も多く、歯を削らない治療を選択することも重要です。
ここでは、むし歯の段階によってどのような治療方法があるかを解説します。
初期のむし歯の治療方法
初期のむし歯に対しては、次のような治療方法があります。
- フッ素塗布
- シーラント
- 充填治療や詰め物
フッ素にはエナメル質の再石灰化や抗菌作用があり、初期のむし歯治療に効果的です。また酸に対する耐性もあるため、むし歯の原因となる酸から歯を守ります。
歯を削る必要はなく、ジェル状のフッ素を患部に塗布し、数分後に拭き取るだけで治療は完了します。歯がしみない程度のむし歯であれば、フッ素塗布で治療が可能です。
シーラントは、奥歯の溝や裂け目を覆うプラスチック製の保護剤で、歯垢の溜まりやすい部分を覆うので主にむし歯予防に有効です。
歯がしみる程度のむし歯の場合は、感染部分を削り、プラスチックを充填したり金属の詰め物を被せたりします。
進行したむし歯の治療方法
神経まで達したむし歯の場合、放置すると歯根に膿が溜まり永久歯の形成不全を起こす可能性があります。
一方、安易に抜いてしまうと隙間を埋めようと周囲の歯が動き、将来の歯並びに影響が出る可能性があります。
そのため、神経の除去を行ったうえで被せ物を行い、土台を立てて歯を残しておくのが一般的です。
ただし、それらの処置を行っても細菌感染のリスクが高いと判断された場合には、抜歯を選択することがあります。
まとめ
ここまで、乳歯のむし歯による影響とその予防法について解説しました。
乳歯の時期から正しい予防法を習慣化することで、大人になってもむし歯のない健康な歯を保つことができます。
また、乳歯が正しく生え変わることで、歯列矯正を行わずに永久歯を長く使い続けることもできます。
歯は一度失うともとに戻らない重要な器官です。幼少期から歯を大切にする習慣を育てましょう。
参考文献