妊婦さんはいろいろと日常生活の制限が生じますが、妊娠中にむし歯になったらどうしようとお考えの方もいるのではないでしょうか。
生まれてくる子どもへの影響を考えると、さまざまなことが不安になると思います。
この記事では、妊婦さんがむし歯になったときにどのような対応をするべきかについてなど、妊娠中の歯の治療について解説します。
むし歯は妊婦でも治療できる?
結論からいえば、妊婦さんでもむし歯の治療を受けることはできます。
ただし、妊娠中いつでも治療を行うことができるわけではなく、むし歯の治療を行うことができるのは妊娠16週から28週の、安定期にあたる時期に限定されます。
その理由として、むし歯の治療には麻酔薬や痛み止め、場合によっては抗生物質などの薬を使用する必要があるため、胎児が薬の影響を受けにくい時期に治療を行う必要があります。 妊娠16週までの安定期に入る前は、まだ胎盤が完成していない時期ですので、この時期に薬などを服用すると胎児への影響が懸念されますので、安定期前にむし歯が見つかった場合でも、治療は安定期に入ってから行われることが多いといえるでしょう。 また、28週以降の妊娠後期も、やはり薬によっては胎児への影響が出る場合があるほか、出産のスケジュールに影響を与えてしまう可能性があります。
そのため、妊娠後期にさしかかってむし歯が見つかった場合は、出産を終えてから治療を行う形となります。 なお、妊婦さんもむし歯の治療が可能とはいっても、身体への負担が大きいような治療は避ける必要があります。
最終的には歯科医師や産婦人科の医師の判断で治療を受けることができるかどうかが決まるため、妊娠中にむし歯が見つかった場合は、早めに治療スケジュールを相談してみるとよいでしょう。
妊婦が受けられる歯科治療
妊婦さんもむし歯の治療を受けることができますが、例えば静脈麻酔を使用して行うような大がかりな手術については、妊婦さんの身体や胎児への影響がでてしまう可能性があるため、妊娠期間中には治療を受けられない場合があります。
妊娠中にある程度だれでも問題なく受けることができる歯科治療は、下記のような範囲です。
初期のむし歯治療
むし歯は時間経過とともに菌の感染が歯の表面から内部へと進行していき、重度のむし歯になると歯髄といって歯の神経が感染して強い痛みを生じるようになります。
こうした重度のむし歯になってしまうと、治療を行う場合もしっかり麻酔を効かせたうえで、歯の神経を除去するといった処置が必要になるため、妊娠中の治療が難しくなる可能性があります。 一方で、そこまで進行していない初期のむし歯は、歯の表面であるエナメル質という部分が、菌の作り出す酸によって少しだけ溶かされたような状態です。
エナメル質には神経も通っていないため、むし歯になっても痛みを感じません。
また、むし歯の治療を行う際にも、エナメル質を少しだけ削れば問題なく治療が可能で、麻酔も必要ないため、妊娠中でも身体への負担や薬の影響を気にせず、治療を受けることができるでしょう。
むし歯は早めに診断を受けて治療をすれば、歯や身体への負担が少ない治療が可能となりますので、できる限り早期に歯科医院にかかることをおすすめします。
歯周病治療や歯のクリーニング
口腔内の細菌によって、歯茎に炎症がおこって腫れが生じたり、歯槽骨という歯を支える骨が溶かされていってしまう病気が歯周病です。
歯周病の治療は、主に歯の周囲についた歯石を取り除くことで行われます。
歯石はお口のなかにいる細菌が作り出ししたプラーク(歯垢)が固まってできるもので、歯石やプラークのなかにはたくさんの細菌がすみ着き、歯周病やむし歯の原因となる物質を作り出します。
歯石を丁寧に除去すると、歯周病の原因となる菌が減少するため、後は身体のもつ自己治癒力でお口のなかが正常な状態を取り戻していき、歯周病を改善することができます。 歯石の除去をはじめとした歯のクリーニングは、麻酔などを使用せずに行うことができるため、妊婦さんでも問題なく処置を受けることができます。
ただし、歯周病が歯茎の深い部分まで進行(深い所に歯石が付着)している場合は、麻酔をして深くまで掃除をする必要がある場合もあり、こうした治療は妊娠中に受けることができない可能性があります。 麻酔などを必要としない通常の歯のクリーニングであれば、妊娠初期などでも受けることができる場合もありますので、気になる方は歯科医院で相談してみるとよいでしょう。
妊婦の歯科治療が難しい理由
妊婦さんの歯科治療が難しい理由として、薬の使用が制限されるほかにも、検査の制限や治療そのもののストレスといった点があります。
それぞれについて詳しく解説します。
使用可能な薬が限られる
むし歯の治療に限らず、胎児への影響を避けるために、妊婦さんが使用できる薬には一定の制限があります。
例えば、歯科医院でよく利用される痛み止めのロキソプロフェンやイブプロフェンといった非ステロイド性鎮痛薬は、特に妊娠後期には胎児への影響が大きいとされ、使用できません。
そのため、安全性が高いとされるアセトアミノフェンが使用された痛み止めなどが処方されますが、鎮痛効果が穏やかなため、あまり効かないと感じる方もいます。 また、抗生物質も制限があり、やはり胎児への影響が少ないとされるペニシリン系などが使用されます。
使える薬がないということではないため、治療ができないというものではありませんが、処方内容に制限があるため、治療内容にも制限が生じる可能性があります。 なお、麻酔についてはお口のなかだけに効かせる局所麻酔であれば、胎児への影響は基本的に発生しないため、問題なく利用できます。
一方で眠ったまま治療を受けることが可能にする静脈麻酔などは、全身への影響が出るため利用はできない可能性が高いでしょう。
レントゲンやCTなどの検査が限定される
妊娠中は、胎児への影響を防ぐため、X線を使用した検査に制限が生じます。
歯科医院ではお口のなかの状態を詳しく調べるため、レントゲンや歯科用CTといったX線を使用した医療機器による検査が行われますが、妊婦さんにはこの検査ができません。 X線を使用した検査ができないと、骨や血管、神経の状態などを詳細に把握することができないため、安全性への配慮が不十分となってしまったり、充分な治療を行えない可能性が生じます。
妊娠中期の安定期に入ればX線を使用した検査も受けることができるようになるため、歯科治療を受ける場合は安定期以降にしっかりと検査をしたうえで、治療を行うとよいでしょう。
治療のストレスによる影響の懸念
妊娠中のストレスは、場合によっては流産などのトラブルにつながることもあり、妊婦さんはなるべくストレスがかからないようにすごす必要があります。
むし歯の治療は痛みへの配慮など安全性を高める取り組みがされているとはいえ、どうしても歯の治療でストレスを感じてしまう場合があります。
もちろん、むし歯が進行して強い痛みが生じているなど、治療を受けないでいることがより強いストレスになるようなケースでは早く治療を行った方がよいでしょう。しかし、そうでない場合で、治療により大きなストレスが懸念される場合には、妊娠中は治療を行わず、悪化しないようにしっかりとケアをしながら経過観察するといった対応が推奨される場合もあります。
妊婦がむし歯になりやすい原因
妊婦さんは、通常の状態よりも実はむし歯のリスクが高い状態にあります。
その理由をご紹介します。
ホルモンバランスの変化による免疫力の低下
妊娠すると、女性のホルモンバランスは妊娠を適切に維持し続けるために、大きく変化し、体調にさまざまな影響を与えます。
その一つが免疫力の低下で、これは赤ちゃんという、お母さんの身体にとっては異物となる存在を免疫反応によって攻撃しないようにするため生じるとされています。
免疫力が低下すると風邪をひきやすくなったり、感染症にかかりやすくなりますが、むし歯も細菌の影響によるものですので、妊娠中はリスクが高くなります。
唾液の分泌量の低下
妊娠中のホルモンバランスの変化によって生じる影響は、免疫力の低下だけではありません。
口腔環境に生じる影響としては、特に唾液の分泌量が挙げられます。
唾液はお口のなかを清潔に保つ働きや、エナメル質の再石灰化に重要な働きをしているため、唾液が減少するとむし歯や歯周病といった歯のトラブルのリスクが高くなります。
また、口腔内が不衛生な状態になりやすいため、口臭が強くなるなどの変化もおこりやすいといえます。
食事の変化
妊娠による変化の一つが、食事の好みの変化です。
よく酸っぱいものを食べたくなると表現されますが、妊娠すると赤ちゃんの身体を作るための栄養を取り込む必要などが生じるため、食事の好みや量が大きく変わります。
それまで甘いものをあまり食べなかった人も、積極的に糖分などをとるようになったりするため、これがむし歯菌の栄養となって、歯のトラブルを発生させやすくなります。
歯のケア方法の変化
妊娠中は、どうしても体調が普段どおりとはいかず、特に妊娠初期のつわりが辛い時期や、妊娠後期のお腹が大きくなっているタイミングでは、普通に生活するのも一苦労な状態となります。
そのため、歯磨きなどのケアも適切に行うことが難しくなり、しっかりとしたケアをすることができなくなるため、むし歯のリスクが高まってしまいます。
妊婦がむし歯を放置するリスク
妊婦さんはむし歯になりやすい身体の変化がおこるうえに、治療においてある程度制限がされてしまいますが、だからといってそのまま放置しておくとさまざまなリスクがあります。
むし歯を放置することによるリスクをご紹介します。
むし歯が進行してしまう
むし歯は、歯に穴が空いてしまう状態となったら自然治癒することはなく、歯科医院での適切な治療をしないと、少しずつ症状が進行していきます。
初期状態であれば歯の表層部分だけにしか影響がないのですが、進行すると歯の深い部分にまで感染が広がってしまい、知覚過敏のような痛みや、ズキズキとした強い痛みが生じてくるようになります。
むし歯は進行の度合いによっても治療法が異なり、早めに治療すれば簡単な処置ですみますが、進行するとしっかりと麻酔を効かせながらの治療が必要となり、それこそ妊婦さんが安全に受けにくい治療となってしまいます。
妊娠中はむし歯のリスクが高くなるのと同時に、進行スピードも早くなりやすいので、むし歯かな?と感じたら、とにかく早めに、身体の負担が少ない処置で対応可能なときに歯科医院での診察をうけましょう。
栄養バランスが崩れる
むし歯が進行して歯の痛みなどがでるようになると、食事の内容によって痛みが強まるなどの場合もあり、無意識的に食事内容に偏りが生じやすくなります。
妊婦さんは赤ちゃんの分も栄養を摂取しなくてはならないため、特に食事内容には注意が必要になるので、食事内容の変化による栄養バランスの偏りは、極力避ける必要があります。
やはり早めに治療してしまった方が、痛みなど食事への影響が生じないですみますので、早期治療がおすすめです。
出産への影響
妊娠中の口腔トラブルは、出産に直接的な影響を及ぼす可能性があります。
これはむし歯ではなく歯周病による影響ですが、妊娠初期や中期に歯周病にかかると、プロスタグランジンという子宮を収縮させるホルモンが分泌されるため、早産などのリスクが高まるとされています。
むし歯についても胎児や出産にさまざまな影響を与える可能性があり、お口の健康状態を保つことは、無事に出産を迎えるためにもとても大切です。
母子感染のリスクが高まる
むし歯は、細菌によって引き起こされる感染症の一つです。
妊娠中のお母さんから胎児に感染することはありませんが、出産後には唾液などを通じて親から子へと感染が生じてしまう可能性があり、妊娠中にむし歯が進行していると、そのリスクが高まります。
むし歯予防の重要性
むし歯の治療は基本的に歯を削る必要があり、歯は一度削ってしまうと完全に元の状態に戻すことができません。
また、むし歯は症状が進行するほど、治療も大がかりになってしまうため、もしむし歯になってしまったとしても、なるべく症状の進行を抑えられるよう、適切な対策や予防をすることが大切です。
まとめ
妊婦さんもむし歯の治療を受けることができますが、麻酔や薬の制限により、どのような治療でも受けることができるわけではありません。
また、治療には負担がかかるため、なるべく安定期に治療を行う必要があります。
妊娠中はむし歯になりやすく、症状も進行してしまいやすいので、定期的な歯科検診を受けて、しっかりとむし歯の予防や早期発見を行うようにしましょう。
参考文献