入れ歯は、日常生活のほとんどの時間をお口のなかに装着しているため、入れ歯を人工臓器と表現することもあります。そのため毎日きちんとケアをして長く使い続けたいと考える方も少なくありません。
この記事では、入れ歯の寿命がどれくらいなのか、寿命を縮める要因や寿命を延ばすケア方法について詳しく解説します。自分が使っている入れ歯の寿命が気になる、入れ歯を長持ちさせたいという方は、参考にしてみてください。
入れ歯の寿命
入れ歯の平均的な寿命を確認しておきましょう。入れ歯は、取り外し式の装置であるため、固定式のブリッジやインプラントよりも寿命が短くなっています。また、入れ歯の寿命は保険診療と自由診療で、少しずつ異なる点にも注意が必要です。
保険診療の入れ歯の場合
保険診療で作る入れ歯の平均的な寿命は、4〜5年程度といわれています。
一般的な保険診療のブリッジでは、7〜8年程度は持つといわれているので、保険診療の入れ歯の平均寿命はやや短いといえます。これはあくまで入れ歯の平均的な寿命であり、患者さんの使い方やケアの仕方によっては、寿命が大きく延びることもあれば、縮むこともありますので、参考までに覚えておくとよいでしょう。
自由診療の入れ歯の場合
自由診療の入れ歯の寿命は、一概に語ることは難しいです。自由診療では、使用する素材や製法、装着方法で違いが現れます。
品質の高い材料を使って、お口のなかにぴったり合う入れ歯を作った場合は、10〜20年使い続けることも難しくないでしょう。
一方で、審美性は高いものの、修理が難しい材料で作った入れ歯は、3〜4年で使えなくなってしまうこともあります。また、同じ材料と製法を選択したとしても、歯科医師や歯科技工士の技術で入れ歯の寿命も大きく変わるのが自由診療です。入れ歯を自由診療で作る場合は、この点も正しく理解しておく必要があります。
入れ歯の寿命を縮める要因
入れ歯の寿命は患者さんの使用方法やケア方法によって、寿命が大きく変わります。ここではそんな入れ歯の寿命を縮める要因を5つ紹介します。
日頃のメンテナンス不足
入れ歯は、ブリッジやインプラントよりも装置が大きく、複雑な構造をしています。
例えば、保険診療で作る部分入れ歯は、人工歯とプレート部分である義歯床(ぎししょう)、残った歯に引っかけるクラスプからなり、どこかひとつでも不具合が生じると、装置全体はおろか残った歯や口腔粘膜にまで大きな悪影響を及ぼしかねません。
そのため、患者さんが日頃から自分で入れ歯のメンテナンスを行う必要があります。入れ歯を毎日装着する前に「人工歯は欠けていないか」「義歯床は変形していないか」などを細かくチェックしましょう。
日常的なメンテナンスで入れ歯に異常を感じたら無理に装着をせずに、主治医に相談するようにしましょう。
不適切なケア方法をしている
入れ歯は、セルフケアに手間がかかる装置です。毎食後お口から外して、入れ歯専用の義歯ブラシで丁寧に磨かなければなりません。
面倒に感じて、歯磨きのついでに通常の歯ブラシでゴシゴシと磨いたり、入れ歯の清掃は水道水による洗浄のみにとどめたりしていると、入れ歯の摩耗や歯石の堆積などを招くことになります。
そうすると、入れ歯の適合性が低下して、お口のなかに合わなくなってしまいます。また、入れ歯が不潔になると、残った歯のむし歯・歯周病リスクが上昇することに加え、口腔カンジダ症や義歯性口内炎の発症リスクも増加するため、適切な方法でケアすることが求められます。
過度な力で使用する
着脱の際に過度な力をかけると、プレートの部分が割れることも珍しくありません。
極端に硬い食べ物を入れ歯で強く噛むと、人工歯の部分が欠けたり、バネの部分が歪んだり、床の部分が割れることもあります。こうした不適切な方法での取り扱いは、入れ歯の寿命を縮めやすいです。
お口の環境の変化
入れ歯の寿命を縮めるのは、装置自体の変形や劣化、破損だけではありません。お口のなかの環境が変化することが要因で、入れ歯は寿命を迎えてしまうことがあります。具体的には、以下のケースが考えられます。
- 歯周病を発症した
- むし歯を発症した
- 加齢による顎骨の吸収
- 歯並びや噛み合わせが乱れる
歯周病は、進行する過程で歯茎や顎の骨を破壊していきます。これにより歯周組織の退縮や歯のぐらつきが起こると、入れ歯が合わなくなってしまいます。入れ歯の種類によっては、材料を盛り足したり、調整を加えたりして適合性を戻すことも可能ですが、原則としては入れ歯を作り直した方が患者さんのお口の健康を守りやすくなります。
また、このようなときに有用なのが市販の入れ歯安定剤です。低下した適合性を簡便な方法で改善できるでしょう。ただし、入れ歯安定剤はあくまで入れ歯を修理するまでに使う一時的な製品なので、長く使うのは控えてください。歯周病を発症した場合はまずその治療を受けて、入れ歯の調整も必ず歯科医院で行うのが大切です。
また、残っている歯がむし歯になると、入れ歯の適合性が低下する場合があります。特にクラスプを引っかける支台歯がむし歯になった場合は、入れ歯が合わなくなるため要注意です。むし歯を重症化させてしまい抜歯を余儀なくされると、これまで使っていたむし歯は適合しなくなるので寿命を迎えます。むし歯治療で歯を残せたとしても、その形やお口の中の状態が大きく変化した場合も入れ歯が合わなくなるため、作り直しが必要となるかもしれません。
さらに、入れ歯で補っている歯の欠損部は、噛んだときの力が顎骨に伝わらないことから、徐々に痩せていきます。顎の骨が痩せれば入れ歯も合わなくなるため、作り直しが必要となるのです。こうした経年による顎骨の吸収は、入れ歯という補綴装置を選択した以上、避けられません。
歯並びや噛み合わせの乱れも、入れ歯の寿命を低下させてしまいます。歯を失ったまま放置すると、全体の歯並び・噛み合わせが乱れていくことは皆さんもご存知のことでしょう。歯列内に不要な隙間があると、残った歯はそれを埋めるような形で移動を始めるからです。
こうした欠損部を入れ歯で補えば、歯並び・噛み合わせの変化を遅らせることはできますが、完全に止めることは難しいです。そして、歯並び・噛み合わせが変化したら入れ歯も合わなくなることから、その時点で寿命を迎えるケースも少なくはないのです。
歯科医院での定期メンテナンス不足
入れ歯は、取り外し式の装置であり、構造も複雑であることから、歯科医院での定期的なメンテナンスが欠かせません。入れ歯をセルフケアだけで使い続けていると、装置の変形や破損に気付かないことも多々あるからです。
お口の中の変化も患者さん自身では気付けないため、入れ歯治療後は必ず歯科医院でのメンテナンスを定期的に受けるようにしましょう。不具合のある入れ歯を使い続けることは、入れ歯の寿命を縮めると同時に、お口の健康にもネガティブな影響を与えます。
入れ歯の寿命を延ばす日常ケア方法
入れ歯の寿命を延ばす方法について解説します。ここでは患者さんが日常的に行えるケア方法に焦点を当てて紹介します。
入れ歯を洗浄し清潔に保つ
入れ歯の寿命を延ばすうえで基本となるのは、清潔に保つことです。
入れ歯は、ほかの装置よりも汚れやすく、細菌も繁殖しやすい環境にあるため、掃除は毎食後しっかり行うようにしましょう。清潔に見える入れ歯でも、実は見えない汚れが堆積していて、細菌だらけになっていることも珍しくありません。
特に入れ歯が臭いと感じたら、今現在の清掃方法を改める必要があります。正しい入れ歯の清掃方法は、歯科医院のメンテナンス時にレクチャーを受けましょう。
磨く際に傷がつかないように優しく扱う
入れ歯は、毎食後にとにかく磨けばよいというものではありません。自分の歯を磨くような要領で磨いていると、入れ歯の表面を傷つけてしまいます。
目に見えない傷が細菌の温床となり、歯垢や歯石も溜まりやすくなるため、入れ歯は優しく丁寧に磨くよう心がけてください。また、入れ歯を磨く際に使うのは普通の歯ブラシではなく、入れ歯専用の義歯ブラシを使用しましょう。
洗浄剤やクリーナーを使用する
入れ歯の表面に付着した汚れは、義歯ブラシによる清掃だけで取り除くことはできません。入れ歯の汚れを化学的に分解・除去する洗浄剤やクリーナーの使用が不可欠です。
入れ歯洗浄剤は、市販の製品で構いませんので、1日1回は使用するようにしましょう。夜眠る前に入れ歯を外して洗浄剤に浸けて、翌朝装着を再開するのがよいです。こうした化学的清掃と義歯ブラシによる機械的清掃を両立させることで、入れ歯を清潔に保つことができ、装置としての寿命も延ばせます。
熱湯は使用しない
義歯ブラシによる清掃で、入れ歯の汚れを十分に落とせないのなら、熱湯で煮沸消毒する方法が手っ取り早いのでは?と思うかもしれませんが、入れ歯を熱湯で煮沸消毒してはいけません。
入れ歯は、歯科用プラスチックであるレジンやシリコーンなどで作られており、熱湯によって変形するリスクを伴っています。自由診療で作ったシリコーン製の入れ歯は調整や修理が難しく、変形や破損が生じた時点で寿命を迎えることになるので、入れ歯の清掃に熱湯は使わないでください。
入れ歯が寿命を迎えたときのサイン
入れ歯が寿命を迎えたときのサインを解説します。寿命を迎えた入れ歯を無理に使い続けると、歯や歯茎に深刻なダメージを与えかねないため、その兆候は見逃さないよう注意しましょう。
噛み合わせが悪くなる
入れ歯で食べ物が噛みにくいと感じたときには、噛み合わせが悪くなっている可能性があります。人工歯の摩耗や入れ歯の変形、あるいは歯列の変化に由来するものなのかは、歯科医師でしか判断がつかないため、入れ歯で噛みにくくなったら、すぐに主治医に相談しましょう。
噛み合わせが悪い状態は自然に治るものではありませんので、入れ歯を調整するか、入れ歯を作り直すか対応しなければなりません。
劣化や変色がある
入れ歯を毎日使っているなかで、素材の劣化や変色があります。レジンで作られた人工歯や義歯床は、このような変化が起こりやすいので、毎日、丁寧に観察してメンテナンスすることが大切です。
入れ歯の素材が明らかに劣化や変色を起こしているようであれば、そのことを主治医に相談しましょう。もうすでに入れ歯が寿命を迎えている場合は、作り直しを提案されるかもしれません。
着用すると口内炎ができたり痛みがある
入れ歯を作って間もない頃は、着用することで口内炎や痛みが生じることがあります。これは、新しく作った入れ歯がお口に馴染んでいないためで、微調整を加えていくことで症状も次第に改善していきます。その一方で、長く使っている入れ歯が、急に痛みを伴うようになったり、口内炎ができやすくなったりした場合は、入れ歯の寿命を迎えている可能性があります。
入れ歯が劣化しているのか、あるいは患者さんのお口のなかが変化しているのかは歯科医師にしか評価できないため、まずは主治医に相談することが大切です。 もし、市販の入れ歯安定剤を使うことで症状の改善が見られたとしても、対症療法でしかありませんので、入れ歯の寿命を延ばすことにはつながりません。必ず専門家に対処を任せるようにしましょう。
まとめ
入れ歯の寿命を縮める要因や寿命を延ばすケア方法、入れ歯が寿命を迎えたときのサインなどについて解説しました。保険診療で作った入れ歯は4~5年くらい持つのが一般的ですが、入れ歯の取り扱い方法やケア方法が不適切だと、その寿命が縮むこともあります。
具体的には、入れ歯に過度な力をかけている、セルフケア・メンテナンスが不十分、歯科医院での定期的なメンテナンスを受けていない場合は、入れ歯の寿命が短くなりやすいため注意が必要です。入れ歯の劣化や装着時の痛み、噛み合わせの悪化などは、入れ歯が寿命を迎えたサインかもしれませんので、まずは歯科医師に相談しましょう。
参考文献