入れ歯は、歯を失ったときに見た目や噛む力を補い、食事や会話を支える重要な役割を果たします。しかし、外れやすい、合わないと感じる方も少なくありません。入れ歯は一度作れば一生使えるものではなく、歯茎や顎骨の変化によって徐々にフィット感が失われます。
本記事では、入れ歯の仕組みや外れやすくなる原因、放置するリスク、そして快適に使い続けるための対策を解説します。
入れ歯の仕組み

入れ歯は、失った歯を補うための人工の歯です。入れ歯には、大きく分けて、総入れ歯と部分入れ歯があります。
総入れ歯は、歯が1本も残っていない場合に使用され、歯茎全体にぴったりと合わせて装着します。ここで重要なのが吸着と呼ばれる仕組みです。入れ歯と歯茎の間に薄い唾液の膜が広がることで空気の侵入を防ぎ、吸盤のように密着して外れにくい状態が維持されます。この働きにより、歯がすべて失われても入れ歯を安定して使用することが可能です。
一方、部分入れ歯は歯が一部残っている場合に使用されます。失った歯の部分に人工歯を補い、残っている歯に金属のバネ(クラスプ)をかけて固定する取り外し可能な装置です。
このように入れ歯は、人工歯だけでは成り立たず、歯茎や残っている歯、さらには唾液といった口腔内のさまざまな条件を総合的に活かして安定性を保っています。
入れ歯が外れやすい理由

口腔内は年齢や生活習慣によって少しずつ変化するため、入れ歯も時間の経過とともに外れやすくなります。ここでは、入れ歯が不安定になる代表的な原因を解説します。
入れ歯のサイズが合っていない
入れ歯は、個々のお口の形に合わせて精密に作られますが、わずかなズレが生じるだけでも外れやすさや痛みを招きます。例えば、内面が歯茎に密着していない、縁の長さが合っていないといった状態では、噛んだときに入れ歯が浮き上がったり、特定の部位に強くあたったりすることがあります。
このような不適合が続くと、噛む力が一部の歯茎に偏って負担が集中し、歯茎の粘膜がこすれたり、圧迫されたりします。その結果、腫れや痛みが生じることがあります。
また、新しく作った入れ歯では、慣れるまで違和感を覚えやすく、食事中に入れ歯が浮きやすくなることもあります。噛む位置や力のかかり方が偏ると、入れ歯の変形や歯茎の圧迫につながるため、装着時の感覚や噛み心地を意識して確認しましょう。
入れ歯を作ったときから歯茎が変化している
歯を失った後の歯茎や顎骨は、時間の経過とともに徐々に痩せて形が変化します。入れ歯は作製時のお口の状態に合わせて作られています。そのため、年月が経つにつれて歯と歯茎の間にすき間が生じ、密着性や安定性が低下しやすくなります。その結果、入れ歯が浮いたり、外れやすくなったりすることがあります。
特に、抜歯直後は歯茎の変化が大きく、短期間でフィット感が急激に変わることもあります。ただし、これは異常ではなく、身体の自然な回復過程の一部です。
噛み合わせが悪い
入れ歯は、上下の歯が均等に接触することで安定します。しかし、残っている歯が傾いている、片側だけで噛む癖があると、噛む力が偏って入れ歯に余計な負担がかかり、外れやすくなることがあります。特に、部分入れ歯では、残っている歯の位置や角度が安定性に大きく影響します。
噛み合わせは、お口全体の筋肉の動きにも影響し、発音が不明瞭になったり、食事中に入れ歯がズレたりする1つの原因です。さらに、噛む力のバランスが崩れることで、入れ歯の一部に過度な力が加わり、変形や破損につながることもあります。
日常の噛み方や残っている歯の状態によって、入れ歯のフィット感は少しずつ変化します。噛み合わせの状態は、日々の使い方のなかでも変わっていくため、装着時の感覚や噛み心地には注意を向けておきましょう。
入れ歯の金具が緩んでいる
部分入れ歯は残っている歯に金具(クラスプ)をかけることで外れにくく安定します。しかし、長期間入れ歯を使用を続けるうちに金具は少しずつ変形し、保持力が低下した結果、入れ歯が動きやすくなることがあります。
会話や食事の最中に入れ歯がズレるのは、この金具のゆるみが原因となることも少なくありません。
入れ歯が変形している
入れ歯は、樹脂(レジン)や金属などの素材で作られていますが、落下による衝撃や熱湯による洗浄などで、わずかな変形が生じることがあります。見た目にはわかりにくい歪みでも、口腔内ではすき間となり、装着時の安定性を損なう原因になります。
入れ歯がすり減っている
入れ歯は長く使ううちに人工歯の表面が少しずつ摩耗していきます。本来、人工歯の凹凸は食べ物を噛み砕き、上下の歯を安定して噛み合わせる役割を担っています。しかし摩耗が進むと凹凸が平らになり、噛んだときに滑りやすくなるため、噛む力が伝わりにくくなり、入れ歯が浮いたりズレたりする原因となります。
唾液が減少している
唾液があることで、入れ歯と歯茎が密着し、吸着による安定性が保たれます。しかし、加齢や薬の副作用、ストレスなどの影響で唾液の分泌量が減少すると、この吸着力が弱まり、入れ歯が外れやすくなることがあります。
唾液の分泌が低下し、口腔内が乾燥する状態はドライマウス(口腔乾燥症)と呼ばれます。この状態では、入れ歯の不安定さに加えて、むし歯や歯周病、さらには誤嚥性肺炎などの全身疾患につながる可能性もあります。唾液には自浄作用や抗菌作用があるため、減少すると口腔内の衛生環境が悪化しやすくなります。
外れやすい入れ歯をそのまま使い続けるリスク

入れ歯が外れやすい状態を放置すると、使いにくさだけでなく、健康面にも影響が及ぶことがあります。ここでは、外れやすい入れ歯をそのまま使い続ける主なリスクを解説します。
口腔内に傷がつきやすくなる
入れ歯が不安定の場合だと、歯茎や頬の内側、舌がこすれて炎症や痛みが生じやすくなります。わずかな違和感でも長く続けば口内炎のような潰瘍に進行し、慢性的な痛みの原因になることもあります。さらに、傷口から細菌が侵入すれば感染症につながります。特に、高齢の方や免疫力が低下している方では全身の健康に影響する場合もあります。
また、変形によって金具の位置がずれたり、残っている歯に強くあたったりすることがあります。こうした状態が続くと、痛みや違和感を覚えやすくなり、食事や会話に支障をきたすこともあります。
咀嚼機能が低下する可能性がある
入れ歯が外れやすいと、しっかり噛むことが難しくなります。食事を十分に噛まずに飲み込むと、消化器官に負担がかかり、消化不良を引き起こすことがあります。また、大きな食べ物の塊が気管に入りやすくなり、誤嚥性肺炎を発症する可能性も高まります。
さらに、硬い食材を避けてやわらかいものばかり選ぶようになると、食事内容が偏ってしまいます。その結果、栄養バランスが崩れ、体重の減少や体力の低下につながります。
顎骨が痩せる可能性がある
歯を失った部分の顎骨は、噛む刺激が少なくなることで、次第に痩せていきます。この現象は骨吸収と呼ばれ、身体は刺激のない部分が徐々に衰えていくという特性があります。
入れ歯が外れやすい状態では、噛む力が十分に伝わらず、噛む刺激が不十分となります。その結果、歯茎の形が変化して入れ歯の安定がさらに損なわれるという悪循環に陥ることがあります。
さらに噛み合わせ全体の高さが低下することで、口元が沈んで見えるなど顔の印象に影響を与えることもあります。こうした外見上の変化は見た目の印象に影響するだけでなく、心理的な影響につながる場合もあります。
噛み合わせのバランスが崩れる
不安定な入れ歯を使い続けると、左右どちらか片方だけで噛む癖がついた結果、噛む位置が偏るようになります。その結果、顎の関節や周囲の筋肉に余計な負担がかかり、顎関節の不調や筋肉の緊張、肩や首のこりなどにつながる場合があります。
また、残っている歯にも過度な力がかかることで、歯が傾いたり、すり減ったりすることもあり、お口全体のバランスがさらに崩れる可能性があります。
入れ歯を外れにくくするための4つの方法

入れ歯は毎日の食事や会話を支える大切な道具ですが、時間の経過や口腔内の変化によって外れやすくなることがあります。違和感を我慢して使い続けるのではなく、適切なケアや歯科での対応によって快適さを保つことができます。ここでは、入れ歯を外れにくくするための4つの方法を解説します。
歯科医院で定期的に調整を行う
入れ歯は作ったら終わりではなく、その後の調整が欠かせません。歯茎や顎骨は年月とともに少しずつ変化するため、最初はぴったりだった入れ歯でも、時間が経つとすき間やズレが生じます。定期的に歯科医院で診てもらえば、痛みが出やすい部分の調整や金具の修正が可能です。
部分入れ歯の金具(クラスプ)は精密な部品であり、自分で曲げて直そうとすると歯や入れ歯を傷付けてしまう恐れがあります。金具のゆるみを感じたときは、必ず歯科医院で調整を受けましょう。
さらに、入れ歯が合わなくなった場合には、義歯の内面を一層削って新しい素材を貼りかえるリラインや、人工歯以外の土台部分を丸ごと交換するリベースといった再適合処置が有効です。これらの方法は、入れ歯を一から作り直すよりも身体的、経済的な負担が少なく、短時間で対応できるのが特徴です。
調整の頻度は、装着を始めた時期や個人の状態によって変わります。特に、新しい入れ歯を入れてすぐの時期は違和感を覚えやすいため、短い間隔で複数回の調整が必要になることもあります。その後はお口の状態が落ち着いてから、様子を見ながら定期的に微調整を行うのが望ましいとされています。
丁寧に口腔ケアを行う
口腔内が不衛生な状態が続くと、歯茎に炎症が起こりやすくなり、腫れによって入れ歯のフィット感が悪化します。部分入れ歯の場合は、残っている歯がむし歯や歯周病で弱ってしまうと、入れ歯全体の安定にも影響します。
そのため、入れ歯本体の清掃だけでなく、残っている歯や歯茎のケアも意識して行いましょう。就寝前には入れ歯を外して洗浄し、専用のブラシや洗浄剤を使用するのが基本です。歯磨きも念入りに行い、口腔内を清潔に保ちましょう。
また、入れ歯の日常的なケアも欠かせません。水またはぬるま湯を使い、専用の洗浄剤に浸けて清潔を保ちましょう。熱湯消毒や自分自身での修理は、変形や破損の原因となるため避ける必要があります。保管時も、直射日光や高温多湿を避け、涼しい場所に保管すると耐用性を保てます。
さらに、口腔乾燥(ドライマウス)も入れ歯の安定性に影響します。水分補給や保湿ジェルの使用で症状が緩和されることもありますが、原因が複雑な場合も多く、根本的な改善には歯科医院での相談が必要です。
一時的に入れ歯安定剤を使用する
外れやすさが気になるときは、ドラッグストアなどで市販されている入れ歯安定剤を使う方法もあります。安定剤は、入れ歯と歯茎のすき間を埋めて外れにくくする補助的な役割があります。
違和感が強いときや特別な場面など、一時的に使うには便利ですが、長期間の使用はおすすめできません。安定剤を使い続けると、入れ歯の不具合に気付つきにくく、入れ歯の調整や新しい入れ歯に変えるタイミングを逃す可能性があるためです。安定剤はあくまで応急的な手段と考え、使用する際は歯科医院に相談することが推奨されます。
新しい入れ歯を作製する
入れ歯は、長年使い続けるうちに人工歯がすり減ったり、支える部分が弱くなったりして、ズレやすくなります。さらに、歯茎や顎骨の変化が進んでいると、調整だけでは対応できないこともあります。
そのような場合には、新しい入れ歯の作製が必要です。作り替えの目安は、口腔内の状態や入れ歯の素材によって異なります。そのため、外れやすい、噛みにくいといった違和感を少しでも覚えた時点で、早めに歯科医師へ相談しましょう。
まとめ

入れ歯は歯を補う有効な道具ですが、時間の経過や口腔内の変化によって外れやすくなることがあります。
放置すれば口腔内が傷付く、噛む力の低下、顎骨の痩せなどにつながり、全身の健康にも影響します。定期的な調整や口腔ケア、必要に応じた作り替えを行うことで、入れ歯を快適に使い続けることができます。
参考文献