入れ歯といえば金具で固定するタイプが多数派を占めます。安価でできる入れ歯ではあっても、金具が見えたり違和感があったりするのが難点でした。
この難点をカバーできるのが磁石で固定する磁性アタッチメント義歯です。金具が見えないので審美性がよく、しっかり噛めて違和感も少なく快適に使えます。
保険適用で身近になった、磁性アタッチメント義歯の構造やメリットにデメリット、費用や装着の流れを解説します。
入れ歯を検討中の方は、この記事を参考に磁性アタッチメント義歯も考えてみませんか?
磁性アタッチメント義歯の構造
磁性アタッチメントは義歯に取り付けた強力な磁石と、歯根の上面に取り付けたキーパーとよばれる磁石の受け皿で構成される義歯固定装置です。
磁石は腐食防止のためステンレスに封入されます。それが義歯床の下面に埋め込まれ、歯根に取りつけた磁石に反応する磁性ステンレス製のキーパーと一対になって義歯をしっかりと固定します。
支点となるのは主に歯根の上面を平らに削った天然歯が使われますが、それがない場合はインプラントが使用可能です。
磁性アタッチメントは部分入れ歯の一種ですが、支点が確保できれば総入れ歯にも適応できます。ただし、上顎は骨が薄いため、総入れ歯は下顎に限られます
磁性アタッチメント義歯はマグネットデンチャーと呼ばれることもあり、またマグネット義歯やマグネットアタッチメントとも呼ばれるなど呼び方はさまざまです。
磁性アタッチメント義歯のメリット
磁性アタッチメントは強力な磁石と磁性体がくっつく力を利用しているため、可動部分がなく単純な構造です。
その特徴によって、入れ歯として使う場合はさまざまなメリットが期待できます。ここでは代表的なメリットをいくつか紹介しましょう。
入れ歯がしっかり固定される
磁性アタッチメントに使うネオジム磁石は強力な磁力を持ち、小さい構造体でも入れ歯をしっかりと固定できます。
従来型のバネで固定するアタッチメントでは、どうしてもすき間ができて密着させるのが困難です。
磁性アタッチメントでは磁力で固定するためすき間ができず、義歯をしっかり固定できます。安定性が高く使用中に外れる心配が少ないのも特徴です。
また、すき間ができにくいので食べ物がはさまる可能性が少なく、不安や不快感を感じずに食事が楽しめます。入れ歯の存在を意識する場合が少なく、少々固い物でもしっかり噛むことができます。
審美性が高い
磁性アタッチメントは装着すれば義歯床に隠れてしまいます。そのため、お口を開けて笑っても在来型の入れ歯のようなバネが見えず、入れ歯が入っていることはほぼわかりません。
また入れ歯の素材によっては、天然歯と区別できないものもあります。こうした特性から、磁性アタッチメントを使った入れ歯では審美性が高いものが作れます。
バネを使う在来タイプの入れ歯では、どうしても隣接歯に引っかけたバネが見えるのが避けられません。そのため、人前ではバネの存在が気になりがちです。
審美性に優れた磁性アタッチメント義歯なら、そのようなことに気を遣わずに過ごせるでしょう。
食事や会話がしやすい
磁性アタッチメントは、構造物が小さいのが特徴です。被せた義歯床に隠れて外部からは見えず、口腔内の感覚的にも違和感をあまり感じません。
一般的な入れ歯では、固定用の金具が外に出ているため、どうしても違和感を感じてしまいます。食べたり話したりする場合は、多少なりとも入れ歯の存在が気になるものです。
磁性アタッチメントの場合は突起物がないため、お口を動かす場合でも義歯の存在が気にならず、食事や会話がしやすい入れ歯です。
また、緩みやがたつきなどの、通常タイプの入れ歯にありがちなトラブルはほぼありません。可動部がなく歯根に固定された構造のため、強い力で噛むことができます。
会話中にカタカタと緩んだ入れ歯の音が混じることもなく、自分の歯のような感覚で食事や会話ができます。
つけ外しがしやすい
磁性アタッチメント義歯は、磁石と磁性体が引き付けあう力を利用して固定しています。そのため装着は所定の位置に置くだけで済み、外す場合も引っ張るだけです。
ネジを締めたり位置を調整する必要もなく、つけ外しがしやすい点が大きなメリットです。手先が自由に動かしにくい高齢者でも、簡単につけ外しができます。
つけ外しが簡単だと、外れやすいと思われがちです。しかし、磁性アタッチメントの場合は強力な永久磁石と評価が高いネオジム磁石を使用しており、食事中に外れるような心配はまずありません。
磁性アタッチメント義歯は日常的なメンテナンスが欠かせませんが、つけ外しが簡単なため、面倒でメンテナンスがおろそかになることも防げるでしょう。
残存歯への負担が少ない
磁性アタッチメント義歯は残存歯を使って、土台となるキーパーと入れ歯をくっつける構造です。ブリッジや部分入れ歯でみられるケースのように、周囲の歯を何本も削ったり荷重をかけたりする負担がありません。
また、使用中に残存歯にかかる力は縦方向だけです。バネで固定する入れ歯では、両側の残存歯が横方向やねじるような方向に引っ張られる力を受け、ぐらつきの原因になる場合もあります。
歯にとって有害な横方向や回転力がかかりにくい構造のため、残存歯の負担が軽くなり長期間の継続使用が期待できます。
磁性アタッチメント義歯のデメリットや注意点
磁性アタッチメントには多くのメリットがあり、歯を失った方には大変有用で快適な使用感の入れ歯です。しかしよいことずくめではなく、デメリットを併せ持つ入れ歯でもあります。
磁性アタッチメント義歯のメリットを生かすためには、避けて通れないデメリットも知っておくべきです。主なデメリットを紹介しましょう。
残存歯を削る必要がある
磁性アタッチメントには支えとなる支台が必要で、多くの場合天然歯が使われます。自分の歯の上面を平らに削り、そこに義歯の受け皿となる磁性体のキーパーを張り付けて支台を作る構造です。
通常の入れ歯のように、バネで止めるのであれば残存歯はそのままですが、支台として使う場合はそのように削って加工する必要があります。
なお、支台とする残存歯は、健全な歯である必要はありません。利用するのは歯根部分だけなので、上部が欠損していても歯内治療がしっかり行われていれば、十分利用できます。
噛む機能が失われた歯根だけの小さな歯でも、磁性アタッチメントの支台としてなら活用が可能な場合もあります。
土台が割れる可能性がある
磁性アタッチメント義歯は、土台に近い部分に力がかかりやすい特徴があります。そして、この部分は磁石を含む構造上、床が薄くなり破折しやすい部分でもあります。
磁性アタッチメントの中枢部分は磁石構造体とキーパーで、このパーツを含む本体は十分に大きくできません。一定の範囲内に収めると、必然的に義歯床を薄くせざるをえない部分です。
義歯の破損を防ぐためには破断しやすい義歯床部分の補強が必要で、その場合は、磁石構造体を覆うような形状の補強方法になります。
金属アレルギーの方は使用できない
磁性アタッチメントは金属素材のため、アレルギーを起こす可能性があります。
磁性アタッチメントの磁石を包む素材と、磁力を受けるキーパーの素材はともにステンレスです。ステンレスは鉄とニッケルの合金で、どちらも金属アレルギーの原因物質です。
しかし合金にすると表面に酸化皮膜ができ、溶けだしにくい性質に変わります。そのため一般的にステンレスは金属アレルギーがおきにくいとされます。
ただ、これは可能性のことで、鉄やニッケルのアレルギーが起こる可能性はゼロではありません。したがって、アレルギー体質の方は磁性アタッチメントの使用は控えましょう。
MRI検査を受ける際に義歯の使用を伝える必要がある
MRI検査は強力な磁場と電磁波を使います。その影響を避けるために義歯を外すとともに、磁性アタッチメント義歯を使用している旨を医療機関に伝えることが必要です。
口腔内のキーパーが受ける磁力や電磁波で、患者さんが疼痛や違和感を感じることがあります。
また、キーパー自体が電磁波で発熱する可能性もあります。MRI検査中に起きるこうした変化に素早く対応するため、事前通知は欠かせません。
一方で、キーパーはMRIの画像にアーチファクトを生じさせます。これはキーパーの周囲の半径4~8cm程度の範囲に現れる偽画像です。
検査対象の部位が頭頚部などで、キーパーに近い位置にある場合は診断に支障が出ます。そのような場合はキーパーの除去になるため、歯科医師側での対応が必要です。
治療ができないケースもある
磁性アタッチメント義歯の治療を行なうには条件があり、それに合わない場合は治療できないこともあります。治療できない主なケースは以下のとおりです。
- 歯周組織の状態がよくない
- 高齢や障がいなどで口腔内の清掃が難しい
- 高齢や認知症などで義歯管理を続けられない
- 噛み合わせがよくなく義歯が折損する可能性がある
- 治療後に頻繁な頭頸部のMRI検査が見込まれる
- 義歯床用の軟質裏装材を使って床裏装をしている
- 金属アレルギーがある
これらの条件のうち、特に支台となる残存歯の安定性が重要です。歯周組織が健康でしっかりしていないと義歯の安定が望めないため、歯の揺れや歯周病の状況で治療の可否を判断します。
支台になる歯の揺れはMiller(歯の動揺度を評価する指標)の分類で1以下であること、歯周ポケットの深さが3mm以下であることが治療適用の目安とされています。
磁性アタッチメント義歯には保険が適用される?
磁性アタッチメント義歯の治療に対しては、健康保険が適用されます。保険適用の条件は、9本以上の部分入れ歯または総入れ歯の場合と、片側の大臼歯全部またはそれ以上の欠損がある場合です。
ただし、残存歯が1本以上ある場合に限られます。つまり、治療をする顎にまったく歯がなくなった患者さんは、磁性アタッチメント義歯の保険治療を受けられません。
インプラントを1本でも支台に使う場合は保険適用とはならず、自分の天然歯を支台に使う場合に限って保険適用が認められます。
また、保険診療に使える磁性アタッチメントの材料は、愛知製鋼社のマグフィットMと、ケディカ社のフィジオマグネットの2種類です。
磁性アタッチメント義歯の費用相場
健康保険が適用になり、費用の自己負担額が大幅に減額になりました。磁性アタッチメント義歯を装着した場合の費用は、3割負担の方でアタッチメント1個あたり6,000~7,000円程度です。
義歯代は別途必要で、保険適用で10,000円前後が目安です。また、支台歯を作る処置費用や根面板の材料によって多少の差が出ます。
磁性アタッチメント義歯の装着までの流れ
健康保険の適用で利用しやすくなった磁性アタッチメント義歯は、使用感や審美性がよいことから装着を希望する方も増えてくるでしょう。
では、この治療を希望した場合、どのような流れで装着されるのでしょうか。実際の流れを見ていきましょう。
検査
治療を始める前に、支台対象となる残存歯の状態をレントゲン撮影で確認し、義歯を装着する支台として問題がないかを判断します。
また残存歯の周辺組織に歯周病がないか、残存歯のむし歯や神経の処置は完了しているか、残存歯に基準以上の揺れはないかの確認も必要です。
さらにお口の中の模型を作り、磁性アタッチメント義歯を装着するスペースの状況や、噛み合わせの状態なども検査します。
キーパーの取り付け
検査で磁性アタッチメント義歯の装着が問題ないと確認できれば、まず支台歯に入れ歯を支えるキーパーを取り付ける作業から始めます。
支台歯形成では、支台となる残存歯の上面を削り、構造物に合わせた形状に整えます。
型取りを行い、模型上で支台歯に取りつく根面板を作り、その上に義歯の磁石が吸着するキーパーを接着すればキーパー付き根面板の完成です。
支台歯に試着して適正な接着状況を確かめた後に、接着面の処理を行ったうえで支台歯に接着すれば、キーパーの取り付けが完了します。
入れ歯の製作
続いて入れ歯の製作です。キーパー付き根面板の上に磁石構造体を吸着させて型取りを行い、模型上で咬合床を作ります。その咬合床を使って入れ歯を製作し、適合を確認して完成です。
その後の義歯床と磁石構造体の固定は、口腔内で直接実施します。
磁石構造体を口腔内のキーパー付き根面板の上に吸着させ、さらにその上に接着剤の常温重合レジンを満たした義歯を装着して硬化するまで待ちます。
硬化したら義歯を外し、周辺の余分なレジンを除去して終了です。
装着後も定期的な維持管理が必要で、接合面の状態や維持力のチェックのほか、自浄力が弱いため清掃状態の確認が重要になります。
まとめ
磁石で入れ歯を固定する磁性アタッチメント義歯は、構造が簡単で違和感がありません。つけ外しがしやすいなどメリットが多く、健康保険も適用されます。
ただ、歯を削る必要があったり壊れやすかったりするうえ、MRI検査時には前もって磁石の義歯使用を伝える必要があります。また。治療できない場合もある入れ歯です。
しかし、保険が適用されて費用を抑えられ、気軽に利用できるようになりました。歯でお悩みの方は治療を検討してみてはいかがでしょうか。
参考文献