歯の周りを囲んでいる歯茎を専門的には、歯肉(しにく)といいます。歯肉はお口の健康のバロメーターにもなる組織で、赤く腫れていたり、出血が認められたりする場合は、歯肉炎という病気が疑われます。歯肉炎は誰にでも起こりうる病気で、歯周病の一種ではあるものの、軽視される傾向にあります。ここでは歯肉炎に見られる主な症状や原因、治療する方法などを詳しく解説します。
歯肉炎の主な症状
歯肉炎で見られる主な症状を解説します。
歯茎の赤み、腫れ、出血
歯茎は本来きれいなピンク色をしています。コーラルピンクという、サンゴ礁のような色をしており、スティップリングというみかんの皮のようなプツプツのへこみが見られる場合は健康な状態だといわれています。スティップリングは、歯茎のコラーゲン線維が良好で、ハリのある状態で現れる特徴です。若い人の健康的な肌にハリが見られるのと同じメカニズムです。
歯茎に炎症反応が起こると、赤みや腫れ、出血などが認められるようになります。歯周病菌による感染で、歯茎が攻撃を受けることが原因です。炎症反応で腫れ上がった歯茎は、少しの刺激でも傷がつきます。歯みがきのときに出血が目立つようになるのです。
歯肉炎の段階で痛みが生じることはほとんどありません。歯茎から血が出ていても、強く刺激しない限り、無痛に近い状態です。そのため、歯肉炎は自覚しにくく、気付いた頃には歯周炎へと移行していることが少なくありません。
口臭
歯周病では、口臭が強くなるという症状が現れます。歯周病菌の生命活動で、メチルメルカプタンという腐った玉ねぎのような臭いのガスを産生するからです。専門的にはペリオ臭とも呼ばれるもので、生理的な口臭と嗅ぎ分けることができます。 歯周病由来の口臭は、軽度の歯肉炎の段階ではそれ程目立ちませんが、病態が進行する程強くなります。進行した歯周炎では、ただ息を吐くだけで生ごみのような臭いを放つこともあります。しかし、通常は自分の臭いに慣れるのが早いため、口臭で歯周病を自覚する人も少ないです。周りの人から口臭を指摘されて歯科を受診し、歯周病と診断されるケースがほとんどです。
歯肉炎の原因
歯肉炎の原因について解説します。歯肉炎の主な原因は、歯の周りにプラークが形成され、そこで歯周病菌が繁殖して感染を引き起こすことなのですが、それ以外にも歯茎の炎症を誘発したり、増悪したりする因子が存在しています。
歯磨きが不十分なこと
歯肉炎の原因として不十分な口腔ケアがあります。歯みがきが不十分である場合はもちろん、デンタルフロスを使用していなかったり、口腔ケアを行う回数やタイミングが不適切だったりすると、プラークがたまって細菌が繁殖します。詰め物や被せ物、ブリッジなどの装置が入っている場合は汚れがたまりやすくなっているため注意が必要です。
薬による歯肉炎
歯肉炎には、特定の薬剤が原因となって発症するものもあります。けいれん発作を抑えるためのフェニトインや高血圧症の治療薬であるニフェジピン、臓器移植を受けた人が服用するシクロスポリンなどが原因で、歯茎が赤く腫れることがあります。
薬物性歯肉増殖症(やくぶつせいしにくぞうしょくしょう)と呼ばれるもので、一般的な歯肉炎とは少し異なりますが、歯茎が腫脹する症状が認められます。経口避妊薬や注射用避妊薬、鉛やビスマスなどが含まれている化粧品などが原因で、歯肉炎の症状が悪化することがあります。
ビタミンの欠乏
ビタミンCが不足する病気である壊血病(ビタミンC欠乏症)では、歯茎の腫れや出血、口腔粘膜の皮下出血などが認められることがあります。また、ビタミンBが不足するナイアシン欠乏症(ペラグラ)でも歯肉炎に似た症状が現れることがあります。
ビタミンの欠乏症は、新鮮な野菜や果物を適切な量、摂取し、不足している栄養素をサプリメントなどで補うことで予防や改善が期待できます。
その他の要因
歯肉炎の原因としては、上記以外にも妊娠期におけるホルモン変化と白血病による影響が挙げられます。
◎妊娠期におけるホルモンの変化
妊娠中の女性の体では、歯周病菌のエサとなる女性ホルモンの分泌量が増加することで、歯肉炎のリスクが高まります。妊娠性歯肉炎は、妊娠中の口腔ケアをしっかり行っていたとしても発症することがあるため注意しましょう。
また、妊娠期のホルモンバランスの乱れは、口腔乾燥を引き起こし、唾液による自浄作用や殺菌作用、抗菌作用を低下させることから、歯肉炎だけでなく、むし歯にもかかりやすくなります。つわりによる影響で歯磨きができず、口腔衛生状態が悪くなる傾向にある点も注意しなければなりません。
◎白血病による影響
白血病になると、全身の免疫力が低下することから、細菌感染症のリスクも高まります。白血病を発症した小児の約25%に歯肉炎の初期の症状が見られているため、歯周炎へと進行させないようケアが必要です。白血病の患者さんは、出血が止まりにくくなる傾向にあるため、歯ブラシやフロスは使わずに、口腔ケア専用のスポンジやガーゼを用いてやさしく清掃することがあります。主治医と相談しながら慎重に行っていくようにしましょう。
歯肉炎を放置するリスク
歯肉炎を放置するリスクについて解説します。歯肉炎は、歯周病のなかでも軽症に分類されるものなので、発症してからすぐに重い症状が現れるわけではありません。歯肉炎は自覚症状に乏しいことから、発症したこと自体に気付いていない方も少なくありません。
歯が抜ける可能性
歯肉炎を何もせずに放置していると歯周炎へと移行します。
歯周炎は、炎症反応が歯根膜や歯槽骨にまで広がった段階で、口臭がさらに強くなるだけでなく、歯の支持が弱まって食べ物が噛みにくくなります。末期症状になると、歯が自然に抜けたり、抜歯の選択を迫られることにもなるでしょう。日本人が歯を失う原因の第一位は歯周炎といわれています。
歯周炎によって破壊された歯槽骨や歯茎を回復させるためには、高額な費用と長い期間がかかる歯周組織再生療法や自分の口腔粘膜を移植する外科手術などが必要となるのです。
大きな病気につながる可能性
歯肉炎を放置すると、動脈硬化、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、アルツハイマー型認知症、糖尿病、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)といった全身の病気につながります。
口腔内で繁殖した歯周病菌が血管に侵入すると、動脈を硬くして、詰まらせることがあります。歯周病菌が血流に乗って脳にまで到達すると、アルツハイマー型認知症の原因物質を増加させ、血中のインスリンに作用すると糖尿病のリスクを増大させます。口腔内の歯周病菌を唾液と一緒に誤嚥すると、誤嚥性肺炎を発症することがあるため、歯肉炎や歯周炎は放置せず、自覚したらすぐに治療を受けるのが望ましいのです。
歯科医院で行う歯肉炎の治療方法
歯肉炎を発症した場合は、歯科医院で治療が受けられます。歯肉炎の段階であれば、スケーリングやクリーニング、歯磨き方法の指導を受けるだけで改善できます。
クリーニングとスケーリング
歯肉炎の治療の主な目的は、歯周病菌の数を減らすことです。歯周病菌の住処となる歯垢や歯石を歯科医院の定期メンテナンスで取り除き、細菌の数を物理的に減らしていきます。セルフケアで磨き残した歯垢はクリーニングで、歯石はスケーリングで除去します。歯肉炎の段階で歯根面が露出したり、深い歯周ポケットが形成されたりしていることはほとんどないといわれています。そのため、スケーラーを歯の根の深くまで挿入するルートプレーニングを行うことも少ないでしょう。
歯磨き方法の指導
歯科医院のクリーニングやスケーリングで取り除けるのは、形成されている歯垢や歯石のみです。これから形成される汚れは、患者さん自身が取り除かなければならないため、歯肉炎の治療では必ず歯磨き方法の指導も行われます。正しい歯磨き方法を身に付けることで磨き残しが減り、歯垢から歯石へ変化する量も減少していくことでしょう。正しい歯磨き方法が身に付かない限り、歯肉炎をしっかりと治すことは難しいです。
自宅でできる歯肉炎予防
歯肉炎を予防する方法について解説します。歯肉炎は、自宅での口腔ケアを徹底し、不適切な生活習慣を改善できれば、予防することも可能です。
正しい歯磨きを行う
歯肉炎を予防するうえで重要なのは、正しい歯磨きを行うことです。自宅でのセルフケアが正しく行えていないと、歯の周りに歯垢や歯石が堆積して、歯周病菌が繁殖します。
歯ブラシによる歯みがきは、小さい頃に習慣化するものなので、ほとんどの方は毎日無意識に歯磨きしています。結果的に、むし歯や歯肉炎になっていないのであれば、正しい歯磨きをしているだろうと思いがちですが、実際は異なることが少なくありません。
歯科医院で試しに歯をみがいた後、歯垢の染め出し試験を行うと、ほとんどの方にかなりのみがき残しが確認されています。特に歯と歯茎の境目や歯と歯の間が赤く染まり、歯垢や歯石が形成されやすい位置と一致します。
自分の歯磨きの癖や誤った部分は、専門家によるチェックと指導を受けなければ改善できないことから、歯肉炎の予防をしたいという方は、まず定期検診を受診することが推奨されます。定期検診では、正しい歯磨きの方法に加えて、デンタルフロスを用いた方法、歯磨きをする適切なタイミング、回数なども学ぶことができます。
生活習慣を整える
生活習慣病の一種である歯肉炎は、以下に挙げる生活習慣の改善によって予防しやすくなります。
◎喫煙を控える
歯肉炎の予防を目指していて、喫煙習慣がある方はすぐにでも禁煙に取り組みましょう。喫煙は、歯茎の血流を悪くして、免疫力を低下させます。口腔乾燥を引き起こすことで唾液による自浄作用や殺菌作用が働きにくくなり、歯周病菌の活動が活発化してしまうのです。
すぐに禁煙することが難しい場合は、1日に吸うタバコの量を減らす節煙から始めましょう。自分の意志で喫煙を控えることが難しい方は、禁煙外来を受診して専門家のサポートを受けながら禁煙に取り組むことが推奨されます。
◎バランスのよい食事をとる
栄養のバランスがよい食事をとることで、全身の免疫力が向上し、細菌感染症である歯肉炎を予防しやすくなります。その際、糖質を抑えた食事を意識すると歯肉炎のみならず、むし歯予防にもつながります。
◎ストレスを上手に管理する
ストレスは、歯肉炎のリスクファクターなので、上手に管理することを心がける必要があります。できるだけストレスをためないことはもちろん、ストレスを解消する方法を見つけることも歯肉炎の予防に寄与します。
まとめ
今回は、歯肉炎の症状や原因、治療する方法などについて解説しました。歯肉炎の主な症状は歯茎の腫れや出血、口臭が強くなることです。この症状に心当たりがある場合は、早急に歯科を受診しましょう。歯肉炎は軽度の歯周病に分類されるため、治すのもそれ程難しくはありません。歯肉炎を放置して歯周炎へと移行すると、治療の難易度があがるだけでなく、歯茎が下がる、顎の骨が吸収するなどの不可逆的な症状が現れることから、早期に対処するのが望ましいです。まだ歯肉炎を発症していない方は、正しい歯磨き方法を身に付け、生活習慣を整えることで積極的に予防していきましょう。
参考文献