むし歯が気になるけれど、治療の痛みに不安や恐怖心があって、歯科医院への足が遠のいている方も少なくないといわれています。
しかしむし歯は自然に治癒せず、時間が経つにつれ症状が悪化する恐れがあるため、早めの治療が大切です。
この記事では、むし歯治療の痛みの原因やその対策・痛みを抑える方法や痛みを感じやすいケースを解説します。治療の痛みに関する理解を深め、歯科治療への不安解消に役立ててください。
むし歯治療の痛みの原因は?
むし歯治療では、むし歯になった部分を取り除くために歯を削ります。その際、歯の中心にある歯髄に刺激や振動が加わることによって痛みを生じます。
歯髄は歯の象牙質の内側にあり、神経や血管が多く走行している箇所です。
また、麻酔注射をする際に注射の痛みを訴える患者さんも少なくありません。
そのため、麻酔注射の前に表面麻酔を施したり一定の速度で麻酔薬を注入する電動注射器を使用したりなどの処置で、麻酔注射の痛みを軽減している歯科医院もあります。
軽度のむし歯治療ではエナメル質の部分を削るだけなので、歯髄への刺激もあまりなく痛みも少ないため、麻酔注射を使う必要はありません。
痛みが少ないうちに治療を受けるためにも、定期的な歯科検診や早めの受診がおすすめです。
早期の歯科医院受診で、治療そのものからくる身体的・心理的負担が減ると同時に、治療期間も短くでき費用も少なくてすみます。
むし歯治療の痛みを抑える方法
むし歯治療の痛みを抑えるためにあらかじめできることがあります。治療時の痛みが心配な場合は、以下のような方策を歯科医師に相談しましょう。
麻酔をしてもらう
むし歯治療の痛みを避けるために麻酔が使用されます。麻酔法は表面麻酔法・浸潤麻酔法・伝達麻酔法の3つです。
表面麻酔法では歯茎(歯肉)に麻酔薬を塗布して表面の感覚を麻痺させます。
これは歯自体に麻酔をするのが目的ではなく、歯茎表面に麻酔をかけ、注射の痛みを軽くするのが目的です。
歯肉に麻酔薬を塗ったら麻酔薬が唾液で流れないように、お口のなかに綿をいれ数分間待って作用させます。表面麻酔は歯石のクリーニングや乳歯の抜歯にも用いられる方法です。
浸潤麻酔法は歯肉に麻酔薬を注射するもので一般的に歯科治療で麻酔といわれているものです。
注射の痛みを伴うため麻酔を嫌う患者さんも少なくありませんが、細い針の注射器を使用したり麻酔薬の温度に気を配ったりすることで近年では麻酔注射の痛みもかなり軽減されています。
さらに表面麻酔や電動式注射器の使用で痛みを抑えた効率のよい浸潤麻酔が可能になりました。
電動式注射器では麻酔薬を注入する速度が一定なので、注射時の痛みを感じにくいとされています。
伝達麻酔法は、脳から出た神経が下顎に向かう途中に麻酔薬を作用させ、広範囲に麻酔を効かせる方法です。リスクがあるためむし歯治療で使われることはあまりありませんが、親知らずの抜歯などでは使用されます。
伝達麻酔では、脳から出た神経が下顎に向かう途中に麻酔薬を使用します。
具体的には下の奥歯のさらに後ろへの麻酔薬注入です。伝達麻酔法では麻酔が数時間続くため治療後の痛みにも有効で、鎮痛薬の量の軽減が可能です。
これらの麻酔は局所麻酔と呼ばれ、麻酔効果を高め安全性を確保するために麻酔薬中にアドレナリンが含まれています。
ただし高血圧や心臓疾患のある患者さんにアドレナリンの入った麻酔薬を使用すると血圧上昇や動機が現れることがあります。
ほとんどの症状は安静を保つと治まりますが、アドレナリンを含まない麻酔薬もあるため、心配な方は治療前に歯科医師に相談しましょう。
現在使用されている局所麻酔薬ではアレルギー反応が起こるのは稀です。麻酔注射後に気分が悪くなるなどの原因の多くは、緊張感や不安など精神的なものであるとされています。
このような経験のある患者さんには、後述するようにリラックスに努めていただいたり、笑気麻酔や静脈内鎮静法などの精神鎮静法を施したりするのが効果的です。
リラックスして治療を受ける
歯科医院での治療中に気分が悪くなったことのある患者さんや、歯科治療に対して強い恐怖心をお持ちの患者さんには、まずリラックスをおすすめします。
恐怖で緊張した状態では痛みへの刺激に過度に敏感になりかねません。また、嘔吐反射もその理由の多くは精神的なものとされ、緊張や不安感の軽減により起こりにくくなります。
嘔吐反射とはお口のなかを触れられると反射的にえずいてしまう反応です。
しかし強い恐怖心を患者さんご自身で解消するには限界があるため、そのような患者さんには次の項目で挙げるような笑気麻酔や静脈内鎮静法を施します。
笑気麻酔や静脈内注射によるリラックス治療は、高血圧・狭心症などの疾患がある・脳血管障害や認知症を持っている・長時間にわたる口腔外科手術を受ける患者さんにも効果があります。
笑気麻酔を利用する
笑気は麻酔ガスの一種で、吸入するとリラックスし不安や恐怖心が軽くなります。そのため笑気麻酔を施すと患者さんは歯科治療への緊張が取り除かれ、快適に治療を受けられます。
20〜30%の笑気ガスを吸入するとほろ酔いのような感じになり、タービンの音やドリルの振動が気になりません。嘔吐反射にも効果的です。
治療後は100%の酸素を吸入し、すぐに帰宅が可能です。笑気麻酔を使った治療は健康保険で認められています。
成人の患者さんだけでなく歯科治療を怖がる小さなお子さんにも使用可能です。
さらに歯科治療の精神的ストレスが全身に影響を及ぼす、循環器疾患・糖尿病・甲状腺の病気をお持ちの患者さんに有効です。
ただし歯を抜いたり神経を取ったりする場合の強い痛みをとることはできませんので、それらのケースでは局所麻酔(注射)とともに使用します。
笑気には鎮静作用とともに鎮痛作用もあるため、表面麻酔と併用すれば麻酔注射の痛みも避けられます。
笑気麻酔は呼吸器・循環器・肝臓などの臓器への作用が小さく危険の少ない方法です。また、笑気は呼気によって速やかに体内から排泄されます。
静脈内鎮静法を利用する
笑気では効果が十分ではない患者さんや親知らずの抜歯などの際には静脈内鎮静法の使用が行われます。
これは笑気よりさらに強く作用する鎮静剤を血管内に注入する方法です。
静脈内鎮静法により精神的緊張だけでなく、筋肉の緊張の緩和・嘔吐反射などの抑制・健忘作用などが得られます。
健忘作用とは治療中の刺激や不快感を忘れてしまう作用です。
効果が強いため全身麻酔に準じた設備や技術が必要です。治療もやや大がかりとなり、まず治療日の1〜2週間前に全身状態の診察と食事制限や注意事項の説明を行います。
施術当日はモニター・血圧計・心電図を装着、酸素吸入・点滴ののちに鎮静剤が投与されます。
施術後は2時間程度の休憩が必要です。そののち付き添いの方とともに帰宅となります。
なお、静脈内鎮静法は以下の方には施せません。
- 歯科治療より先に治療するべき全身疾患のある方
- お口が開かない方
- 顎が小さい方
- 太りすぎで呼吸の管理が難しい方
- 妊娠中の方
- 使用薬剤にアレルギーのある方
また鎮静中に嘔吐して窒息しないように、麻酔前には食べ物を摂取できません。
休憩の後は、ふらつきがないこと・まっすぐの姿勢を維持できること・意識が鮮明であること・血圧や呼吸に異常がないこと・嘔吐がないことを確認したのちの帰宅となります。
さらに麻酔当日は自転車や自動車の運転・仕事や契約などの重要な判断・激しい運動・飲酒は行えません。事前にこれらの項目に承諾を得たうえで麻酔を行います。
むし歯治療で痛みを感じやすいケース
むし歯治療では特に痛みを感じやすい場合が考えられます。
以下のような治療を受ける際には、前もって痛みへの対処方法を医師と相談しておくとよいでしょう。
むし歯による炎症が強い
むし歯による炎症が強い場合は麻酔が効きにくくなり、痛みを十分に抑えられません。そのためまず抗生物質を投与して炎症を抑える治療から行います。
炎症により麻酔が効きにくくなるのは歯の組織のpH値によるものです。また炎症により麻酔前の痛みが強くなっている場合も麻酔の効果が出にくくなります。
下の奥歯がむし歯になっている
下顎の骨は厚く硬いため麻酔が効きにくい箇所です。そのため下の奥歯の治療では、麻酔を施しても痛みを感じやすくなります。
骨格がしっかりしている
下の奥歯同様、骨格がしっかりした方は骨が硬く分厚いため麻酔が十分に届かず、麻酔が効きにくい傾向にあります。
どうしても麻酔が効かない場合は歯と歯根の境目にある歯根膜に麻酔をするケースも見られますが、歯根膜麻酔は効果は高いものの麻酔自体にかなりの痛みを伴うものです。
また麻酔のダメージが残りやすく麻酔後数日間は歯を噛み合わせると痛みを感じる場合があります。
髄腔内麻酔と呼ばれる、歯の神経に直接麻酔をする方法もあり、この麻酔もほとんどの痛みに効果的です。
強い痛みも除去しますが、髄腔内麻酔にも麻酔自体の痛みが強いデメリットがあります。
むし歯治療後に痛みが生じる原因
むし歯治療ののちも、以下のような原因から痛みが残る場合があります。治療後に痛みが残る場合は、我慢せず歯科医院へ相談して適切な処置を受けましょう。
神経が敏感になっている
むし歯治療ではむし歯になっている部分を削りとる際の振動・麻酔・風などさまざまな刺激により歯の神経に多少のダメージが加わっています。
そのため神経が敏感な状態になり、治療後にも歯に痛みを感じることがあります。
この場合は時間が経つにつれ痛みが落ち着きますが、その間はなるべく歯に刺激を与えないようにしましょう。
神経が炎症を起こしている
治療後しばらく経ってからの痛みは、神経の炎症が原因である可能性があります。
特に根管治療後にズキズキとした痛みが続き、噛むと痛みが出たり痛くて眠れなくなったりする場合は、細菌が根に入って再び炎症を起こしているかもしれません。
その場合は早めに歯科医院に相談し処置を受けましょう。根の中を再処置するかそのまま経過を見るかを医師が判断します。
詰め物・被せ物が神経を刺激している
治療により金属の詰め物・被せ物をした場合には、金属が熱を伝えやすく、熱いものや冷たいものの刺激を受けやすいため食べ物により痛みを感じるケースがあります。
また新しく被せ物をしたことで噛み合わせが高くなり、歯へ負担が生じて痛みが出ているのかもしれません。
いずれの場合も2週間程度で慣れて痛みが落ち着いてきますが、噛み合わせが原因の痛みは、歯科医院での再調整によりすぐに除去できます。
神経の取り残しがある
神経の治療で痛みの原因である神経に取り残しがある、または細菌が取り切れていないなどの場合に痛みが出ることがあります。
この場合は治療をやり直して取り残しを除去する必要があるため、歯科医院への早期の相談が大切です。
むし歯治療後の痛みへの対処法
むし歯治療後に痛みがある場合は市販の鎮痛剤や抗炎症薬など痛み止めの服用で痛みを和らげられます。ただし、痛みが長期にわたる場合には歯科医師に相談しましょう。
また歯茎や歯周組織に炎症がある場合は、冷たいタオルや氷嚢を使って患部を冷やすと痛みや腫れが軽減されます。
冷やしすぎると血行が悪くなり治りが遅くなるので注意が必要です。
痛みが長引く場合は神経の炎症が残っている・神経の取り残しがあるなどのケースも考えられるため、歯科医院への早めの相談をおすすめします。
むし歯治療後に注意すべきこと
むし歯治療後にはお口や身体が刺激を受けデリケートになっています。治療後には以下のような点に注意しましょう。
激しい運動をしない
歯科治療での麻酔後は激しい運動は避け、安静に過ごしてください。
また、運動による血行の促進が原因で歯の痛みが増すケースもあります。治療直後はなるべく運動を控えましょう。
飲酒・喫煙をしない
飲酒は血行を促進するため歯の痛みが増すかもしれません。また喫煙は歯茎の血行を悪くし、治癒を遅らせる原因になります。
むし歯治療後は飲酒・喫煙を控え体調を整えましょう。
まとめ
むし歯治療に際しては、歯を削ることによる神経への刺激や麻酔注射などにより、痛みを生じる場合があります。
歯科医院ではそのような患者さんの負担を減らすために、さまざまな対策を施しています。
患者さんにリラックスした状態で治療を受けてもらうために笑気麻酔や静脈内鎮静が有効です。
これらの麻酔をすると、うとうとするような感覚になり不安感がやわらぐため、歯科治療に強い恐怖感を持つ患者さんのストレスを軽減します。
局所麻酔注射は痛みを伴いますが、近年の歯科医院では細い針を使ったり一定の速度で注入ができる電動式注射器を使ったりして注射時の痛みを軽減します。
また、麻酔注射前の表面麻酔で、注射時の痛みを抑えることが可能です。
このような対策により近年の歯科治療では治療による痛みが大きく軽減されています。
むし歯をお持ちの方には、痛みが心配なあまり歯科医院に行くタイミングを逃さないように、早めの受診をおすすめします。
参考文献