入れ歯は咀嚼力を補い、食事を快適に楽しむための大切なアイテムです。しかし、「入れ歯を使うと誤嚥しやすくなるのでは?」と不安を感じる方もいるかもしれません。 本記事では入れ歯の誤嚥リスクについて以下の点を中心にご紹介します。
- 誤嚥の原因と症状
- 入れ歯による誤嚥リスクの予防
- 入れ歯ケアのポイント
入れ歯の誤嚥リスクについて理解するためにもご参考いただけますと幸いです。 ぜひ最後までお読みください。
誤嚥とは
誤嚥とは、食べ物や唾液が飲み込まれる際、本来通るべき食道ではなく、誤って気道へ入ってしまう状態です。ここでは、誤嚥の原因や症状について詳しく解説します。
誤嚥の原因
誤嚥は、食べ物や唾液、胃の内容物が誤って気道に入ることで起こります。その背景には、嚥下機能の低下や反射の障害が関与しています。
例えば、加齢による飲み込みに必要な筋力の弱まり、認知機能の衰えや神経、筋肉の病気によって嚥下障害が生じることがあります。また、咽頭や食道の腫瘍などが原因となる場合もあります。
そして、嚥下機能が低下している方の場合、入れ歯の装着が誤嚥の危険を高めることもあります。飲み込む際には、舌が上顎にしっかりと当たり、食べ物をのどへ送る圧力を生み出しますが、上下に入れ歯を装着すると、舌の動きが制限されて正しい位置が取りづらくなり、十分な圧力がかからないことがあります。その結果、飲み込みが不十分となり、誤嚥のリスクが増加するのです。
また、使用を続けるうちに入れ歯がすり減ったり破損したり、形が変わったりすると、噛む力が弱まり、上手く飲み込めず、誤嚥しやすくなるケースもあります。
さらに、就寝時には胃から逆流した内容物や口腔内の唾液が誤って気管に入り込むこともあります。これは不顕性誤嚥と呼ばれ、咳反射や嚥下反射が鈍るため起こりやすくなります。高齢者は不顕性誤嚥が起こりやすいため、寝るときの姿勢や食後の過ごし方にも注意が必要です。
誤嚥の症状
誤嚥が起こると、通常はむせたり咳き込んだりして気道を守る防御反射が働きます。しかし、防御反射が弱まっていると、誤嚥してもむせずに気道内に異物が入り込み、肺炎などの合併症を引き起こすことがあります。
誤嚥のある方には、痰が絡みやすくなる、食事中や食後に咳が出る、飲み込みの際やその直後にむせるといった特徴が見られます。
また、呼吸音や声の変化も重要なサインで、食後に声がかすれたりガラガラ声になるほか、咽頭や気管に異物があることで低いゴロゴロとした音が聞こえることもあります。
さらに、食べ物や胃液の逆流がみられる場合や、お口のなかに食べ物が残る感覚、体重減少などの全身状態の変化も誤嚥の兆候として挙げられます。
入れ歯の使用が誤嚥性肺炎のリスクを高める理由
高齢者に多いとされる誤嚥性肺炎は、嚥下機能や免疫力が低下することで、飲食物や唾液が誤って肺に入り、炎症を引き起こす病気です。特に入れ歯を使用している方では、誤嚥性肺炎のリスクがさらに高まることがわかっています。
その主な理由は、入れ歯の表面に付着するデンチャープラークと呼ばれる細菌や有機物の塊にあります。入れ歯は口腔内の細菌が集まりやすい場所であり、手入れが不十分だとこのデンチャープラークが増殖します。口腔内の細菌が唾液と混ざり、誤って気管から肺に入り込むことで肺炎を引き起こすのです。実際、65歳以上の高齢者の方で、毎日入れ歯の清掃をしない方は、肺炎を発症するリスクが上昇するといわれています。
さらに、デンチャープラークに含まれる細菌は誤嚥による肺炎だけでなく、糖尿病や心筋梗塞、脳梗塞、動脈硬化など全身の健康にも悪影響を及ぼします。歯周病菌が血管内に侵入し、血管の詰まりや血流悪化を招くため、重篤な疾患の原因となるのです。
このように、入れ歯の手入れ不足は口腔内の細菌増殖を促進し、誤嚥性肺炎をはじめとしたさまざまな健康リスクを高めるため、毎日の丁寧な清掃が重要だといえます。
入れ歯による誤嚥リスクを防ぐために
ここまで述べてきたように、入れ歯を使うことで誤嚥や誤嚥性肺炎の危険性が高まる場合があることがわかりました。しかし、入れ歯を使わないと十分に食べ物を噛めなかったり、発音が不明瞭になって会話がしづらくなったり、見た目に影響が出るなどの問題も生じます。 そのため、誤嚥や誤嚥性肺炎を防ぐ対策を行いながら、リスクをできるだけ軽減していくことが大切です。
ここでは、入れ歯による誤嚥リスクを防ぐためのポイントを解説します。
飲み込みやすい食事にする
嚥下機能が低下している場合、硬い食べ物や水分の少ない食品をそのまま食べると、誤嚥の危険性が高まります。入れ歯を使用している方は、噛む力や飲み込む力が弱くなることが多い傾向にあるため、ご自身の嚥下能力に合った食事内容に工夫することが大切です。
具体的には、硬い食材は細かく刻む、やわらかく煮る、またはミキサーでペースト状にするなど、飲み込みやすく調理することがおすすめです。さらに、水分の少ない食品にはとろみを加えたり、食事全体の水分量を調整したりすることで、飲み込みやすくして誤嚥リスクを軽減できます。
食事中・食後の姿勢に気をつける
誤嚥を防ぐためには、食事中の姿勢が重要です。顎を軽く引いて背筋を伸ばすことで、舌に圧力をかけやすくなり、食べ物をうまく噛んだり飲み込んだりできるようになります。
また、足の裏を床にしっかりつけて安定した姿勢をとることにより、嚥下に必要な首や喉周りの筋肉が効率よく働くとされています。
加えて、食事中はテレビやスマートフォンなどの画面を見ながらの”ながら食べ”を避け、食べることに集中できる環境を整えることも大切です。さらに、食後すぐに横になると胃の内容物が逆流しやすくなり、誤嚥につながる恐れがあります。可能な限り、食後は2時間程度は身体を起こして過ごすよう心がけましょう。
こうした姿勢への配慮が、入れ歯使用時の誤嚥リスクを軽減するポイントとなります。
誤嚥しづらい入れ歯を作る
誤嚥を予防するためには、お口のなかの状態や嚥下機能に合わせた入れ歯選びが重要です。
例えば、舌がんなどで発音や嚥下に障害がある方のために開発された特殊な入れ歯は、噛む力や飲み込む機能の向上を目的としており、嚥下時の負担を軽減します。また、年齢とともに嚥下能力が低下した方に合わせた調整ができ、誤嚥リスクを抑えられる点が特徴です。
さらに、保険適用のプラスチック製入れ歯は耐久性のために厚みがあり、その分舌の動きが制限されやすく、嚥下がスムーズにいかないことがあります。こうした場合、金属床など薄くて軽い素材の入れ歯に替えることで舌の自由な動きを助け、誤嚥しにくい状態をつくることが期待できます。
このように、ご自身の嚥下状態や口腔内の環境に応じた入れ歯を、専門の医療スタッフと相談しながら選ぶことが大切です。
入れ歯をしっかりお手入れする
誤嚥性肺炎の原因の一つは、口腔内の細菌が誤って肺に入り感染を引き起こすことです。入れ歯を使用している場合も、天然歯と同様に入れ歯の表面に細菌が付着しやすく、正しくケアを行わないと細菌が増殖しやすくなります。
入れ歯の正しいお手入れ方法については、次に詳しく解説しますが、毎食後に入れ歯を外し、流水で洗いながら入れ歯専用のブラシや洗浄剤を使って丁寧に磨くことが推奨されます。
誤嚥リスクを避けるための入れ歯のお手入れ方法
ここでは、入れ歯のお手入れ方法を詳しく解説します。
入れ歯専用のブラシで磨く
入れ歯の清掃は、使い古しの歯ブラシでも代用できますが、できるだけ入れ歯専用のブラシを使うことが推奨されています。通常の歯ブラシよりも、専用ブラシを使用して磨いた方が全体的にプラーク(歯垢)の残存が少なくなる傾向があります。
入れ歯専用ブラシは、先端が細く硬めに作られている部分があり、金具の細部までしっかりと洗える設計になっています。そのため、金具が付いているタイプの入れ歯などでは、こうした専用ブラシを上手に使い分けて洗浄すると、洗いにくい部分まで磨くことができます。
こまめに水やぬるま湯につける
入れ歯は乾燥すると素材が傷みやすくなり、アクリル樹脂製の部分はひび割れや変形が起こりやすくなります。そのため、こまめに水やぬるま湯につけておく習慣を身に着けておくとよいでしょう。また、就寝時には入れ歯を外して、水や専用の洗浄液に浸して保管することが大切です。乾いたまま放置すると、入れ歯のフィット感が悪くなったり、装着時に痛みが出ることもあります。
なお、熱いお湯は入れ歯の変形の原因になるため、60度以下のぬるま湯を使うようにしてください。煮沸消毒は避けてください。
食事するたびに入れ歯を洗う
入れ歯は天然歯と同じように、毎回の食事後にしっかりお手入れをすることが重要です。食べかすが残ったままだと口腔内環境の悪化や口臭の原因になるほか、入れ歯と歯茎の間に痛みが生じやすくなります。
食後や薬を飲んだ後は、入れ歯を取り外して流水で優しく洗い流しましょう。その際、洗面器に水やぬるま湯を入れて作業すると、落として割れるリスクを軽減できます。
洗う際には、歯磨き粉などの研磨剤は避けて優しく磨くのがポイントです。強くこすりすぎると入れ歯が傷つく恐れがあるため注意してください。
歯科医院で定期的に調節する
入れ歯を安全に使い続けるためには、定期的な歯科医院での調節が欠かせません。使い始めてから時間が経つと、入れ歯のフィット感が変わり、ずれや痛みが生じることがあります。こうしたトラブルを未然に防ぐためにも、月に一度程度のペースで歯科医師に状態を確認してもらうことが望ましいです。
また、入れ歯の調整だけでなく、残ったご自身の歯の健康管理も重要です。特に歯周病のリスクが高い方や、入れ歯に特別な調整が必要な場合は、より頻繁な診察が推奨されます。
誤嚥してしまった場合の対応法
入れ歯を使用する方や高齢者の方は、誤嚥に注意して食事をとることが大切ですが、もしも誤嚥してしまった場合にはどのような対応をとるべきなのでしょうか。最後に、誤嚥してしまった場合の対処法を解説します。
軽度の場合
軽度の場合の対応をみていきましょう。
前屈姿勢にして背中をさする
食事中にむせて誤嚥が起きた場合は、まず本人を前屈姿勢にさせ、背中を下から上に向かって優しくさすってあげましょう。その際、「咳をしてみてください」と声をかけて、咳を促します。咳がなかなか出ない場合は、背中を軽くトントンと叩いてもかまいませんが、強く叩くのは避けてください。
背中を強く叩くと、誤嚥した食べ物や飲み物が気管にさらに入ってしまう恐れがあります。むせた本人は慌てていることもあるため、落ち着くよう「大丈夫ですよ。ゆっくり大きく咳をしましょう」と声をかけて安心させてあげることも重要です。
食事をいったん中断する
むせて誤嚥が疑われるときは、まず食事を一時的に中断しましょう。気管に入った食べ物や飲み物を無理せず外に出すことが大切です。落ち着いてきたら、大きく深呼吸をしてむせが治まっているか確認し、問題なければ食事を再開してください。
重度の場合
重度の場合の対応をみていきましょう。
救急車を呼ぶ
食事中に誤嚥して激しく咳き込んだ結果、呼吸が苦しくなることがあります。以下のような症状が現れた場合は、ただちに119番に連絡して救急車を呼びましょう。
・顔や唇が紫色(チアノーゼ)に変色している
・咳ができず、声も出ない
・手で首を押さえたりかきむしったりするチョークサインを示している
これらは命に関わる緊急事態のサインですので、速やかな対応が必要です。
指で異物を掻き出す
誤嚥で異物が気道に詰まっている場合、救急隊が到着するまでにできる限り異物を取り除くことが重要です。
【異物の掻き出し手順】
1.ガーゼや清潔なハンカチを指に巻き付けます。
2.本人を横向きに寝かせ、入れ歯は外します。
3.指を使って口内に見える異物を優しく掻き出します。
無理に深く押し込まないよう注意しながら行うことが大切です。
食べ物だけでなく、入れ歯などが誤って気管に入っているケースもあります。もし異物がお口のなかで見える位置にある場合は、指で慎重に掻き出しましょう。
まとめ
ここまで入れ歯の誤嚥リスクについてお伝えしてきました。入れ歯の誤嚥リスクの要点をまとめると以下のとおりです。
- 誤嚥の原因は、加齢による飲み込みに必要な筋力の弱まり、認知機能の衰えや神経、筋肉の病気、入れ歯の装着、就寝時に胃から逆流した内容物や口腔内の唾液が誤って気管に入り込む不顕性誤嚥などが挙げられ、誤嚥の症状には、むせ、咳き込み、痰が絡む、食事中や食後に咳が出る、食後に声がかすれたりガラガラ声になるなどが挙げられる
- 入れ歯による誤嚥リスクを防ぐためには、飲み込みやすい食事にする、食事中や食後の姿勢に気をつける、誤嚥しづらい入れ歯を作る、入れ歯をしっかりお手入れするなどが大切
- 入れ歯のお手入れは、やわらかい歯ブラシで入れ歯を磨く、こまめに水やぬるま湯につける、食事するたびに入れ歯を洗う、歯科医院で定期的に調節することがポイント
入れ歯を使うことで誤嚥のリスクが高まる可能性はありますが、正しいケアと工夫でそのリスクを抑えることができます。今日からできる予防策を取り入れて、安全で快適な食生活を目指しましょう。
これらの情報が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。