差し歯は固定式の装置なので、治療後に特別な管理は求められません。基本的には天然歯と同じように歯磨きをして、清潔に保つことが重要となります。それでも差し歯には、歯茎が腫れるなどのトラブルが起こりえます。差し歯が割れているわけではないのになぜ歯茎が腫れるのか。このコラムでは、差し歯で歯茎が腫れる原因や対処方法、トラブルを予防する方法などを解説します。差し歯で歯茎が腫れている症状に困っている方は、このコラムを参考にしてみてください。
差し歯で歯茎が腫れる原因
差し歯で起こる主なトラブルは、差し歯が割れる・外れる、差し歯を装着した歯が痛むなどですが、歯茎が腫れるケースもあります。差し歯で歯茎が腫れた場合は、以下の4つの原因が考えられます。
むし歯が進行している
差し歯で歯茎が腫れている場合にまず考えられるのがむし歯の再発・進行です。差し歯を装着している歯は、もともとむし歯にかかっていたケースがほとんどであり、常に再発するリスクがあることを理解しておきましょう。むし歯が再発して間もない頃であれば、歯茎が腫れることはまずありません。なぜならむし歯の再発は、残った歯質および根管のなかで起こるからです。
そのむし歯が進行すると、やがては歯の根の先に病巣を作るようになります。これを専門的には、根尖性歯周炎(こんせんせいししゅうえん)と呼び、差し歯で歯茎が腫れる主な原因となっています。根尖性歯周炎による歯茎の腫れは、感染源となっている根管をきれいに清掃しなければ改善できないため、差し歯を撤去したうえで根管治療を行う必要があります。
歯周病が進行している
差し歯の周りに歯垢や歯石が溜まっていて、歯茎が腫れている場合は、歯周病が疑われます。歯茎の腫れや出血は、歯周病における典型的な症状なので、不衛生な差し歯ではよく見られます。歯周病が進行していると、歯茎の腫れも大きくなり、膿の排出も認められるようになるため、十分な注意が必要といえます。
噛み合わせにズレが生じている
差し歯が高いことで強く噛んでいたり、全体の噛み合わせにズレが生じたりしていると、差し歯やその周りの歯周組織に過剰な負担がかかって、歯茎が腫れることがあります。これを専門的には咬合性外傷(こうごうせいがいしょう)と呼び、歯周病やむし歯といった細菌感染症とは異なりますが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に深刻な症状へと発展しかねないため、早期に対処するのが望ましいです。多くのケースは、差し歯を削る咬合調整で対処できますが、歯並びや噛み合わせを根本から改善する歯列矯正が必要となることもあります。
歯根が割れている
上記の咬合性外傷を放置していると、歯根破折を招くことがあります。歯の根っこの部分が折れる現象で、自覚できないことも少なくないのですが、歯茎の腫れや差し歯の痛みで気付くケースも少なくありません。硬い食べ物をかんだときに、普段聞き慣れないバキッという大きな音が鳴ったら、歯根が割れた可能性が高いです。歯根破折は咬合性外傷以外にも、通常の外傷や進行したむし歯が原因となりえます。歯根破折の有無は、歯科医院でレントゲン撮影を行ってみなければわかりません。また、折れた歯根は自然治癒しないことはもちろん、そのまま放置していると歯根で細菌感染が起こり、歯の保存が困難となるため、歯根破折が疑われる場合は、早期に歯科医院を受診するのが望ましいです。
差し歯で歯茎が腫れたときに起こる症状
差し歯で歯茎が腫れた場合は、以下のような症状が現れます。ひとつでも当てはまるものがある場合は、すぐに歯科医院で診察を受けましょう。
歯茎の腫れにより赤みや痛みが生じる
差し歯で歯茎が腫れているということは、そこで炎症反応が起こっていることを意味します。不適切な刺激が歯茎に加わり、生体防御の機能が働いているのです。そのため腫れた歯茎は赤みを帯びたり、場合によっては痛みを生じたりします。痛みに関しては、安静時に起こることは少なく、歯ブラシで磨いたときや食べ物を強く噛んだときに現れやすいです。また、歯茎の腫れに痛みを伴っているケースは、重症度が高いことから、放置するのはNGです。
口臭や膿が発生する
差し歯で歯茎が腫れている場合、細菌感染を伴っていることがあります。歯周病やむし歯だけでなく、歯根破折のケースでも細菌感染は起こりえます。そして、細菌の活動が活発化すると、代謝の過程で悪臭を放つガスを産生したり、膿が発生したりすることから、口臭が強まる傾向にあるのです。差し歯で歯茎が腫れると同時に、口臭が強くなったかもしれないと感じている場合は、感染性の疾患が潜んでいる可能性が高いといえます。
差し歯のぐらつきや違和感を覚える
差し歯で歯茎が大きく腫れると、歯や歯茎に違和感を覚えます。ひと言で違和感といっても、症状の程度や感じ方はさまざまで、歯や歯茎に何となくいつもとは違う感覚があると感じる場合もあれば、歯が浮いたような感じがするという症状を訴える場合もあります。こうしたケースでは、歯周病の進行で歯周組織に広範囲の炎症反応が見られたり、根尖性歯周炎によって歯の根の先に病巣が出現したりしています。
◎差し歯のぐらつきは危険信号
次に、差し歯のぐらつきに関してですが、この症状が見られる場合は、極めて深刻な状態といえます。考えられる可能性としては、末期の歯周病で歯槽骨がボロボロになっている、歯根が大きく破折しているの2つです。進行した歯周病では、歯茎だけでなく、歯根膜や歯槽骨にまで炎症反応が波及し、それらが徐々に破壊されることで歯を支えきれなくなります。その結果として、歯がグラグラとぐらつく動揺が起こるのです。歯根はまさに歯の支え・土台となる組織なので、歯根が大きく折れたら安定性を失ってぐらつくようになります。
歯茎が腫れたときの対処方法
続いては、差し歯で歯茎が腫れたときの対処方法を紹介します。1番目と2番目は、あくまで対症療法にとどまるため、根本的な治療にはなりえません。応急的に対処しても腫れが引かない場合は、速やかに歯科医院を受診してください。
患部を冷やす
歯茎の腫れは、炎症反応に由来するものなので、患部を冷やすことで症状の改善が見込める場合もあります。患部とはつまり差し歯やその周りの歯茎を指しますが、これらに直接、氷を当てるなどすると、血流が悪くなるため推奨することはできません。歯茎の血流が悪くなると、患部への酸素や栄養素、免疫細胞の供給も滞ることから、より深刻な症状を招きかねないからです。また、患部を氷などで刺激すること自体よくないため、間接的に冷やすことを意識してください。具体的には、保冷剤を顎に当てて、患部を緩やかに冷やしましょう。保冷剤がない場合は、清潔なタオルで氷を包んだり、冷たい水でタオルを濡らしたりしたうえで顎を冷やしてください。
このときにもうひとつ注意しなければならないのが冷やしすぎることです。例えば、保冷剤を30分も顎に当てていたら、結局は患部の血流が悪くなって、症状も悪化しかねません。そこで患部を冷やす方法は、1回あたり15分程度にとどめるようにしましょう。
保冷剤や冷たいタオルを15分程度あてて、歯茎の腫れや痛みが治まるかを確認してください。症状の改善が見られない場合は、少し時間をおいて再び15分程度、冷やしてみましょう。それでも腫れや痛みが続くようであれば、歯科医院を受診することを優先してください。ちなみに、歯周病や根尖性歯周炎による歯茎の腫れは、患部を冷やしただけで大きく改善するものではありません。
抗炎症薬やうがい薬の使用し口内を清潔にする
差し歯で歯茎が腫れている場合は、口腔内を清潔にすることが前提となります。なぜなら歯茎の腫れの背後には、歯周病やむし歯が潜んでいたり、細菌感染のリスクが高まっていたりするからです。そのためお口のなかが不潔になっていることで、症状が悪化するリスクも上昇します。その際、有用なのが殺菌作用のあるうがい薬の使用です。リステリンやモンダミンといった市販のうがい薬で構いませんので、適宜、使用するようにしましょう。とりわけ出先などで食後に歯磨きをすることが難しいシチュエーションでは、うがい薬の利用もおすすめです。それ以外の機会でもうがい薬を上手に活用することで、口腔衛生状態を良好に保ちやすくなります。
今現在、生じている歯茎の腫れに対しては、抗炎症薬が有効です。抗炎症薬とは、文字どおり炎症を抑える薬で、バファリンやロキソニンに代表されるNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が有名ですが、歯肉炎のための軟膏薬も市販されています。どの薬剤が自分の症状に合っているのか迷った場合は、必ず薬局にいる薬剤師に意見を求めてください。ただし、必ず、歯科医院を受診して、歯科医師の診断を受けましょう。
腫れが引かない場合は早めに歯医者を受診する
患部を冷やしたり、抗炎症薬を使ったりしても腫れが引かない場合は、できるだけ早く歯科医院を受診してください。繰り返しになりますが、差し歯による歯茎の腫れというのは基本的に応急処置で改善するものではありません。歯茎が腫れる原因が歯のなかや根っこの先に存在していることから、それらを物理的に取り除く必要があります。歯科医院では原因に応じて、次のような対処法がとられます。
【対処法1】むし歯の治療
根管内や根尖部の病巣が原因で歯茎が腫れている場合は、差し歯を撤去してからむし歯治療を行います。厳密には、根管治療でむし歯菌や汚染物質を除去します。むし歯菌をきれいに取り除くことができたら、土台を作って、新しい差し歯を装着します。
【対処法2】歯周病の治療
重症化した歯周病が原因で歯茎が腫れている場合は、歯周基本治療を行います。クリーニングやスケーリング・ルートプレーニング(歯石除去)で細菌の温床を取り除き、歯茎の炎症を改善させます。歯周基本治療で歯茎の腫れが改善できないときは、歯周外科治療へと移行します。歯周外科治療には、歯茎をメスで切開したうえで歯根面の汚れを取り除くフラップ手術や歯周病によって破壊された組織を回復させる歯周組織再生療法などがあります。
【対処法3】噛み合わせを改善する
悪い噛み合わせは、咬合調整が改善できることがほとんどです。差し歯やそれと噛み合っている歯の噛む部分を少しだけ削り、適切に噛むよう調整します。咬合調整では改善が難しい噛み合わせの異常は、差し歯を新しく作るか、歯列矯正を行わなければならないかもしれません。その点は歯科医師と相談しながら決めていくことが大切です。
【対処法4】抜歯をする
歯根破折による歯茎の腫れは、抜歯せざるをえないことも少なくありません。歯根は顎の骨に埋まっており、口腔内に露出している歯冠のようには治療できないことから、抜いた方が予後もよくなりやすいのです。高度な技術と知識、豊富な経験がある歯科医師であれば、破折した歯根を修復する治療が行えるかもしれませんので、歯の保存を優先する方は、歯医者選びを慎重に行う必要があります。抜歯をした場合は、欠損部を入れ歯やブリッジ、インプラントといった補綴装置で補うことになります。
差し歯による歯茎の腫れを予防する方法
差し歯による歯茎の腫れは、次の方法で予防しやすくなります。
定期的な歯科検診を受ける
歯科検診を定期的に受けることで、差し歯のトラブルや歯茎の異常を早期に発見できます。定期検診で受けられる歯のクリーニングや歯磨き指導は、差し歯のトラブルを未然に防ぐことにもつながるでしょう。
口腔内を丁寧にケアする
差し歯で歯茎が腫れる症状のほとんどは、口腔衛生不良が関係しています。差し歯の周りに歯垢や歯石が溜まることで、むし歯や歯周病を引き起こすからです。毎日の口腔ケアを丁寧に行っていれば、差し歯のトラブルで困ることも少なくなります。
適切な差し歯の選択とメンテナンスを行う
差し歯に使用する素材には、歯科用合金、コンポジットレジン、セラミック、ジルコニアなどさまざまな種類があり、それぞれに異なる特徴があります。そのなかでもセラミックやジルコニアは、むし歯の再発リスクが低く、耐久性も高いことから、差し歯によるトラブルに悩まされたくない場合は、自由診療でそれらを選択するとよいでしょう。治療後のメンテナンスもきちんと受けていれば、差し歯で歯茎が腫れる症状も防ぎやすくなります。
まとめ
今回は、差し歯で歯茎が腫れる原因や予防方法について解説しました。差し歯で歯茎が腫れる原因としては、むし歯、歯周病、噛み合わせの異常、歯根破折などが挙げられ、そのときに見られる症状はそれぞれで少しずつ異なります。いずれも患部を冷やしたり、抗炎症薬を服用したりすることで、症状の緩和は見込めますが、根本的な原因は歯科治療でなければ取り除けないため、差し歯で歯茎が腫れている場合は、早期に歯科を受診するようにしてください。
参考文献